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makie.nishikawa

Author:makie.nishikawa
2014年 BlissBaby マタニティ・産後ヨガ教師資格取得(24 時間)
2017年米国クリパルセンター公認ヨガ教師資格取得(200時間)
山の上のヨガルーム、Yoga Lantern(長野県御代田町)主宰。
2児の母。

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まあるい私に~苦手なものに歩みよる時

2020.06.13 21:01|ヨガと身体と生活の考察
こんにちは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。

土曜日に更新するよと宣言してから、
「今日は土曜日だなと思ってblogをチェックしてるよ~」
と、いろんな人から聞きます。
とても嬉しい。
ありがとうございます!

書くことは、どちらかというとわたしの得意分野なので、
わりと楽しくさらさらと書いています。



でも、今日はわたしの苦手なことを書きたいです。


ああ、これ、苦手だな
楽しんで出来ないな

しかも、出来たら素敵なのになと
憧れているようなこと


実は、いまだに、コロナ騒動によって巻き上がって浮上してきた
潜在意識に、あ~ どうしたらいいのかな
と立ち止まっているわたくし。



これ、うまく言えるのかはわからないのですが


たとえば、


もっとのんびりして、生活を楽しむこと


にわたしは憧れがありますね。
パンを焼いたり、お菓子をつくったり。
保存食をつくったり、
ただ散歩をして「いま」この瞬間を味わったり。


のんびりすること。
スペースを持つこと。
実は、それが苦手分野。
どちらかというと
頭が働き続けて
何もかもぎゅうぎゅうに詰め込もうとしてしまう。
引き出しもそんな感じ(笑)
スペースが必要なのはわかってるけど、
出来ない。


それから、

人に何かを決められること


が苦手。
どんなことでも自分の力で何かを考えて、答えを出したい。
これはわたしが、赤子のときに
「つかまり立ち」を拒否したという逸話がありまして^^;
何度ころんでも、
何もつかまらずに自力で立ちたい幼児だったとのこと。
三つ子の魂、おそるべし。

○○診断とか、○○占いとか
いま世の中には溢れていて、
必要としている人がいっぱいいるのでしょうね。
でも、わたしは苦手。
私がどういう人なのか、
私がどんな星のもとに生まれているのか、
人に決められるのが、ちっとも面白くない。


よく言えば自立しているのでしょうし、悪く言えば委ねられない。


そこにも、そんな自分を「それでよし」とするのではなく、
ぼんやりとした不安みたいなものを感じていました。


そんななか、先日
クリパルジャパン 三浦まき子さんのオンライン『アーユルヴェーダ基礎講座』
というのを受講しはじめました。4回連続。また来週もあります。




アーユルヴェーダというのは、ヨガとたいへん仲良しなインドの生命科学で
米国クリパルセンターには、学部まであるほど。
その意味では興味がなくもなかったのですが、
実は長いこと少し距離をおきたい気持ちでした。

なぜなら、

たいてい
ヴァータ(風)
ピッタ(火)
カパ(水)

という三つのドーシャ(体質)に自分をタイプ別にしましょう
というところから始まるから。
セルフケアにはアヴィヤンガをやりましょうとか
教え込まれる感じもいやだった。

クリパルヨガは、わりとなんでも教え込むというよりは
体験させてくれて、自由な発想や感覚を尊重してくれる
ヨガなんですよ。だから、好き。

でもアーユルヴェーダはどうなのかしら。ドキドキ。
ただ実感のともなわない情報を植え付けられるのは、本当に苦手^^;
自分の内側から生まれるもの
じゃないと、楽しめない。


一方で、わたしの中で、苦手なんだということに対して
不安のようなものがつきまとっていたことも確かで


なんだか今回は直観のようなものが働いて、
三浦まきこさんへの絶大な信頼感も手伝って
えいっとオンライン講座への受講を決めました。


受講しての感想。
ああ、よかった、、、、、


そこでは、まず、ヨガをして、

自分の身体の内側にある、
空の要素。。。体内の空間、細胞や血中のスペース
風の要素。。。呼吸、思考、からだの動き
火の要素。。。消化、熱、エネルギー
水の要素。。。血液、体液、汗、湿り気
土の要素。。。個体性、骨

などを感じるところからはじまって、じゅうぶんに「体験」をしました。


わたしの中にある五大元素。
教え込まれるのではなく、湧いて出てくるもの。
ずっと苦手だった「生理学」
(だって、ホルモンが出た瞬間とか体験的にわからないから)を
アーユルヴェーダの体験を入口として
深めていけるのでは。。。という気づき。


そして面白かったのは、その体験のさいごにわたしが感じていたこと。


それは、風、火、水、土
ああ、もうひとつはなんだっけ、どうして思い出せないんだろう、、、
と、ぼんやりと思っていたということ。

空=スペースがない

思い出せない



うーむむむ


出ている、、、わたしが出てしまっている(笑)



そんなこんなで、情報もタイプ分けもあるこの講座だけれど
十分に楽しんでいるわたし。
そんな状態の自分にいま、ほっとしている自分がいます。


日々、五大元素のフィルターを通して
世界を感じはじめている自分に、新しい可能性を感じています。



****


今朝は今朝で、友達講師のやっている陰ヨガ講座に参加しました。またオンラインで。

陰ヨガというのは、あっちこっち動かず、「委ねる」ヨガ。
つまりわたしの苦手分野です。

最初に、友人講師による講義がありました。


「梅雨に入り、空気のなかに水がたくさん含まれるようになりました。
胃腸が弱りやすい時期です」


夏のはじめ、この梅雨時期に胃腸が不調になるわたし。
理論上はこうだ、低気圧がどうだ、
と語ることはできるけれど、実際そういうお話を聞くのは
右から左へ流れてしまうのが通常。

早く「実践」が始まらないかなぐらいに思うタイプです。

でも、今日はすごく真剣にメモをとってしまった。


「水」の質。

そうか、空気にはたくさんの水の粒が。わたしは呼吸によっても、
その水を取り入れているのか。

それがまざまざと、ありありと、
自分の身体の生理を
実感をともなって、感じることができた。


********


きっと、ひとりひとり、苦手なもの、得意なもの、あるのだろうと思います。

よく、得意なものを伸ばせばいい、と言います。

それは、もちろん。

でもわたしは、
好きなもの、得意なものは、それを極めることによって、いずれ
自分の苦手や不得手にすらも、歩み寄るための
ギフトだと思っています。

好きを極めていけば、必ず苦手分野にも直面する。
でも「大好き」の助けを借りれば、
そこを楽しむことも、きっとできる。


わたしにとって「大好き」は、自分で感じて、自分で決めること
自由に自分を表現すること。


でも、その対局にある「ルール」「束縛」「情報」にも、
「好き」を通してアクセスできるということ。


コロナをきっかけに感じ始めていた「不安」は、
わたしをそこに気づかせ、自分という人間性をより偏りなく
まあるくするための何かだったのではないかと
思っています。


世界中でいま、差別に対する大きな抗議行動が起こっていると報道されています。
「好き」「嫌い」で分断される時代から、
融合の時代への転換点にきている。
それは、私たちひとりひとりの内側にある
「苦手」への気づきにもつながるような気がしています。



皆さんにとっての「苦手」はなんでしょうか。
そして、それを「好き」にするための道は、いま一生懸命やっていること、
大好きなことの、その延長線上にあるでしょうか。


読んでくださってありがとうございました^^


****************
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グラウンディング~地面と足と自然のはなし

2020.06.06 10:37|ヨガと身体と生活の考察
こんにちは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。

今日はお詫びからスタート。
先日からはじめた「雪窓公園ヨガ」ですが、
日曜日のクラス日程が混乱しておりました!
ほんとうに申し訳ありません。

その混乱を最小限にすべく
日曜クラスは6/7, 14, 28
の3日間としました。

★詳細★

毎週水曜(6/3,10, 17, 24)
時間:10:30~11:30
参加費:800円(4回3000円・オンライン共通)

日曜(6/7, 14, 28)
時間:9:00~10:00
参加費:800円(4回3000円・オンライン共通)

場所:雪窓公園
(遊具よこの土手上、松林の中)
https://goo.gl/maps/dNDhPhmiD4Qz1fJV8

持ち物:ヨガマット、敷物、動きやすい服装、防寒、飲み物



雪窓公園ヨガ1縮小

雪窓公園ヨガ21縮小

先日はとても暑い日だったのですが、この場所は
木陰でとても気持ち良い風が吹き抜けます。

いるだけできもちいい~



遊具の目の前なので、お子さんを見ながら
ヨガをした方もいらっしゃいましたし、
ワンちゃんも連れていらした方もいらっしゃいました。


雨天中止ですが、予約なしの参加もOKです。
ふらりと来てくださいね。

**


地面の上で裸足になってヨガをすると、室内でするのと
いろいろなところで違いがあることに気づきます。

最初にお伝えしたのは、


自然のなかにあるものが、
自分のなかにもある。
それを感じられるのが、外ヨガの素敵なところ。




接地面がボコボコなら、しっかり立てないかもしれない。
地面が少々傾いていたら、
自分の身体も傾いていくかもしれない。

ふだんならグラグラも傾きも「自分のせい」だけど、
自然のなかだと、
傾いているのが、曲がっているのが、ふらふら
していることがむしろ「自然」で、
誰のせいでもない。

自然のなかにあるあらゆる要素が自分の
体験のなかに紛れこんできたとき、

それがどんなふうに起きているのか、是非味わってくださいませ」




というようなこと。そんな話をしてからはじめました。


う~ん、大好き、外ヨガ



皆さん、どんなふうに感じているのかな~ と思ったら、


いつもはバランスのポーズもふらふらしてしまうけれど、
今日は、意外と立てた


という、真逆の感想が!
猛禽類がガシッと地面をつかむように、
自分の足でボコボコの大地をつかむようにしてしっかり立てた


とのことでした。


素晴らしいですね~。
では私たちが「ふつう」だと思っている部屋のなかの
たいら~な地面の上で立てないということは
実は「ダメ」なことではなくて、
ふつうだったりして?

そうよそうよ、獣はたいらな地面で駆け回ったりしないもの。
ボコボコでゆらゆらの、石がゴロゴロして枯葉堆積してるような
山道をあるくのだもの。


はんぶん獣としての身体と心をもっている私たちの可能性。
そんなことを考えるとワクワクします。



よくスピリチュアル系のひとたちが「グラウンディング」という言葉
を使いますが。

(地に足がついている、現実感覚がある、というような意味)


まさに生の自然のなかで行うヨガは、
グラウンディングのなんたるかを教えてくれます。


****


実は、さいきん梅雨時で。気温も急激に上がり、
わたしは頭が痛かったり、なんだか眩暈がするなと
思うことが多かったんですよ。

そんなとき、わたしはムショーにやらずにはいられなくなったこと
がありまして。

それは

靴下を脱ぐこと


足元がおぼつかなくて、しっかり立てないようなとき。
そんなとき、
やはり靴下を脱いで、
足指を思いっきりひろげて、
床をガシッとつかむように歩きたくなるのです。

そうすると、やっぱり安心する。
重心が落ちて、
安定してくるんですよ。

これは、この感覚があるということは、
身体からの恩恵そのもの!!

わたしは保育士として保育所でも働いているのですが、
この感覚を幼少期からしっかり育てていかねばならないと
痛感しています。

極寒の日はともかく、今時期は
子どもの靴下は積極的に脱がせて、
裸足で思いっきり遊ばせてあげよう!

うちの娘が通う幼稚園では、夏は「草履」です。
おしゃれな子にはちょっとした装飾が必要なようですが。。。(笑)


yumi草履


たいてい、なんでも安いものでいいよと言ってくれる
経済的弱者にやさしい幼稚園ですが、この草履だけはゆずらない(笑)

足指・足裏の大切さをわかってくれるところが、
ますます好きです♡

草履のメリット
↑みさとっこ草履が有名だけど、幼稚園の草履はそれじゃない、、、なんでしたっけ?

皆さんもぜひ、裸足で、草履で、梅雨時期をグラウンディングして乗り越えましょう^^


読んでくださってありがとうございました!




****************
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母さんはいつも勘違いしているんだ

2020.05.16 14:58|ヨガと身体と生活の考察
こんにちは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。

土曜日の午後。
雨が降っております。

雨がやんでいた午前中は、なんとなく、家族全員、入れかわりたちかわり
畑や野山に出て、腐葉土を山からとってきたり

草刈りしてみたり、
近所の人にいただいたイチゴの苗を植えたりしてました。

家の北側の、
あまり気にしてなかった日陰の場所に、発見も!

sansyo.jpg


山椒の木が自生していました。
今まで山にとりにいってたのに、いつの間にか
こんな近くにいたんだね。

とても嬉しい!



娘は、ダンゴムシに夢中。
ダンゴムシの生態を調べて、ダンゴムシが気に入る
環境を整備して、ダンゴムシを大量に飼い始めました。
…虫かごのなかで。
…しかも、虫かごのふたは、蕗の葉っぱ(笑)。
でるっちゅうの。


dangomushi.jpg


彼女のこういうところは、
まぎれもなく、わたしの血筋です。



先日、こんなことがありました。

息子「おかーさーーん、家の中にたくさんカマキリの赤ちゃんがいるよ」
母(私)「…うそおっしゃい。そんなわけないでしょう」
息子「ほんとだよーほんとだよー」
母「そんなわけないでしょう。昨日おかあさんが取ってきて家の中にいれといた
カマキリの卵が、もう孵ってるわけないじゃない」


あ、いる
カマキリ。


kamakiri.jpg


何も言わずせっせとカマキリの赤ちゃんを
箒で掃き出している夫(←虫が苦手)に向かって、
わたしは一言。

「おねがい、そんなふうに掃き出さないで!!!」


デジタル疲れで
自然に癒しを求めていたわたしは
カマキリの赤ちゃんが孵ってしまった場所が
たとえ家の中であったとしても

大歓迎。



カマキリがステイホームしてくれることを願ったのでした。




いま閉口されている、そこのあなた。
わかります。

わたしも苦手なものは(あんまりないけど)あるので、
それがうじゃうじゃいたらたまらないという気持ち、
共感します。


(そしてカマキリもダンゴムシもきっと見るのも勘弁
という人がいることを察して
少し小さめの画像をあげてみました!)







この一件のあと(実はこのほかにも色々あるんですが)
息子に、ぽつりと話しました。


あのね、お母さんはさ、
いつも勘違いをしているんだよ。
自分の好きなもの、
心躍ることは、
他の人もそうなんじゃないかって。

まさか、他の人にとっては
カマキリの卵が孵ると気持ち悪いとか、
死んだモグラや鳥は
わくわくしながらじっくり観察したくなるもの、じゃないとか、
想像もつかないんだよ。

よしくんもあるでしょ?
電車やドラえもんのこと、自分が好きだからといって
だれかれ構わずか話しまくるけど、
多くのひとはぜんぜん興味がないってことが。


こういうのを、「主観」 ていうんだよ


自分にとってはこういう世界

でもそれが、人にとってはぜんぜん違う世界

ってこと。



だから、お母さんは、すごく注意しなくちゃいけない。
自分がうれしくてうれしくてたまらないことが
人にとっては嫌なことになっちゃうってこと。
よく考えながら、行動しなくちゃいけないと思ってるよ。





わたしはよくこうして、自分や家族をネタにしながら
こどもと「主観」と「客観」について話し合います。



「マンゴーは美味しい」


それは、正しいか。間違っているか。




人間は、ここが理解できるかできないかが勝負ではないかと
密かに思っている、
どうしようもなく無駄な思考の多い母なのでした。


「主観」


の問題は、
身体を通してだと、ものすごくわかりやすいと思うのですよ。
何しろその人だけの身体、そして、身体を動かせば
必ず、その人だけの唯一無二の感覚、感情が
生まれるわけで。

なんだか生きていても、ずーっとずーっと、
いつどのようにして、どんな方法でそれを
伝えればいいんだろうと考えあぐねている自分がいます。


以上です。
読んでくださってありがとうございました!
そして
どうしようもなくマニアックなわたしを、
いつも溜息とともにゆるしてくださって
感謝しています。



森(身体)のなかに潜むもの

2020.05.09 14:47|ヨガと身体と生活の考察
こんにちは。ヨガランタンのにしかわまきえです。

今日は土曜日ですよね???
あってますね?誰か?
…土曜日に更新ヨガランタンのブログでございます。



さて。
わたしは最近、とても疲れています。
この状況で大変じゃない人はあんまりいないかもしれないから
ことさら言うことじゃないんでしょうけど、端的に言うと

デジタル疲れ。

どうしたってこの便利なパソコンやスマホというものと向き合わなければ
ならない現実というのは、大変でございます。



そんな疲れたわたしなのですが、実はここ最近、
しょっちゅう、森の中にいます。



IMG_20200507_053007_convert_20200509145129.jpg



家の前の森にもふらっと出かけてしまうし、
朝5時半くらいから、
近くの真楽寺の森に入って
ぼーーーーっとしています。

真楽寺には 「ステイホーム」
と書かれていますが、誰に会うかといえば、

鳥やリスばかり。


森の中に入ると、
一見、何も派手なことは起こらないし、静けさがあるばかりです。
でも、
そのまま、ただじーっとしていると、
さっと動く何か。
僅かに聞こえる鳴き声。
高音、低音。

聞きなれたシジュウカラやウグイスのさえずりから、
高らかに響き渡る、名のわからない鳥の声まで。

植物にも心をうばわれます。
山吹が咲き乱れていたり、
人知れず、山椒の若葉が芽吹いていたり。

ハッとするような小さな驚きも。

今までずっと見たかった鳥が目の前に現れたり、
リスが信じられないスピードで
森の木を渡っていったり。



ただ無欲で佇んでいると、本来森のなかに潜んでいる何かが
ぱっと現れては、消えていきます。


そんなとき、
喜びと、感謝の気持ちがふつふつと湧いてくるんです。


IMG_20200507_061606_convert_20200509141355.jpg







この前、うちの庭でくつろぎに来てくれたママさんが、
帰ってから
「自分も自然の一部なのだと感じました」とメッセージをくれました。


強く賛同してしまいました。
それが、わたしが日々感じていること。

助けられて生きている。

それは「感謝礼賛」の風潮とは、ぜんぜん次元の違うところから来る
すごいスピリチュアルな生の悦びです。


たぶん、瞑想やヨガが好きな人は、森のなかで佇むのが好きだと思う。


すごく似ているのです。

身体という森の中から聞こえる、
高音、低音。


どんなにガチャガチャと思考がうるさくても、
自分の中にはどこか、静けさがあり、
ほんのわずか動く、感覚があり、感情があり、
身体を動かせば、
思いがけないところに、痛みが現れたり、強い伸びを感じたり、

知らなかった自分の、本当の心すらも
立ち現れてくる。





森(身体)とはこんなものだ、という先入観では何も見えてこないのに
ただ「今この瞬間」にいると
もともとそこに潜んでいたものが
驚きのタイミングで
立ち上がってくる。


わたしが本当にいたい世界は、ここなのだという
涙が出るような安堵感があります。









ほんじつ阿部守一知事からもじきじきに郵送で要請があったように
(こんな零細に…(笑)
わたくし、オンラインヨガという未知の分野に
「試行錯誤をしながら、また創意工夫をしながら実践」
しております。


こんな動画も作ってみました。
私のように、ああ、リモートワークで呼吸が浅いよ
という人に届いてくれればいいなあ、と願っています。
これはシリーズ化していきたくて、(1)としました。






ちょっと疲れた顔してますけど、是非ご覧になってくださいね。
オンラインヨガクラスも開催中!


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読んでくださって、ありがとうございました^^

「怒り」を悪者にしない、呼吸のちから

2020.05.03 18:39|ヨガと身体と生活の考察
こんにちは、ヨガランタンのにしかわまきえです。
今日は、「土曜日だからblog更新の日♪」

…とパソコンの前に座ったら、夫がひとこと

「土曜日は、昨日だよ」



ほんとだ


有言実行が。。。。
早くも崩れ去る瞬間。
もし昨日、あれ?と思ってくださった方がいらしたら申し訳ないです。。

曜日の感覚、なくなりますよね。
毎日毎日、ゴールデンウイークだか平日なんだか
よくわからない状況というのは。

…たいへん残念な言い訳でした。

さて、前回のblogで
「笑う力がある。怒る力がある。子どものチカラ」

という記事を書き、その流れで、
自分の怒りの話でも書こうかというしめくくりだったので
実際にそうしようと思います。


私は、子どももそうですけど、大人でも
ちゃんと「怒る」人が好きです。

近くにいる外国籍の友達が、すごくストレートに色々怒っていて
「気持ちいいいな~」と。
先日「ちゃんと怒るからいいよね」って褒めたたえてしまいました(笑)。


海外のニュースで、政治家に怒っている女性が
サンドバッグに政治家の顔をはってボッコボコに
してたりして、それがユーモアとして取り上げられていて。
日本ではないな~
と感心してみたりして。


「気持ちのワークショップファシリテーター養成講座」
を開催されている森田ゆりさんも、こんなふうに書いてらっしゃいます。

「わたしたちの社会では、感情を率直に表現することは好まれてきませんでした。楽しい、幸せなどの快の感情はともかく、怒り、悲しみ、寂しさと言った感情を人に語ることは、いけないことであるように考えられてきました。(中略)しかし感情に、快、不快はあっても、良い、悪いはありません。どんな感情をいだいてもいいのです。大切なことは、自分の心に渦巻くこれらの気持ちを正直に受け止めて、その気持ちをどのように表現するかです。怒りやねたみの気持ちから、人をおとしいれたり、いやがらせをしたり、暴力をふるったりするのは困ります。一方、怒りやねたみの気持ちをひとりで抱え込み、抑圧するのも良くありません。抑圧することで感情が消えてしまうことはめったにありません。抑圧された感情は心の奥底にいつまでもよどみ、形を変えて健康な心を蝕みはじめます。変形してしまった感情は、他者や自分への攻撃として現われがちです。また、その感情を本来向けるべき対象が、不明確になってしまうこともよくあります。たとえば、暴力や虐待を受けた人の怒りの対象は、その加害者に向けられるはずのものなのに、被害者自身やその他の人に向けられることが少なくありません。」
「怒りや悔しさや悲しさの感情を、言葉にして相手に伝えるのは、相手を傷つけたいからではなく、相手に自分の気持ちを理解してほしいからです。わたしたち人間は、子どもであれ、おとなであれ、相手に自分の気持ちを解ってほしいという大変に強い欲求を持っています。しかし、多くの場合、人は、怒りを相手になげつけるようなやり方でしか表現しないために、相手の理解を得るどころが、相手を怒らせてしまい、結果的に、互いを傷つけあう感情のボールのぶつけ合いになってしまうのです。」
(「気もちの本」森田ゆり著 童話館出版より)



森田さんもおっしゃるように、
私たちの社会=日本では
「怒り」を語るなどということは、
まだまだ受け入れられがたい風潮はあると思います。



でも、わたしはこれを語りつづけるのは自分のミッションなのでは
ないかと思って、しつこく語ろうと思います。





わたしがこの前、すごく怒ったとき。



自分を観察して思ったことは

この感情をしっかり味わうには
「ハラのチカラ」が必要なんだな



ということでした。
「頭に血がのぼる」という表現をしますが、
怒ると心臓バクバクして一気に血流が増え、
その血流がどこにいくかというと
上へ、
上へ、と上っていく。


(「闘争逃走反応」です。動物が獲物を追いかけるor敵に襲われてピンチ時に、消化や生殖などにエネルギーをまわしてる場合
ではないので、筋肉や脳に集中的に血液を送って切り抜けようとする力)


ボディワークをしている友達が以前、
夫婦喧嘩をしたあとでお風呂に入ったら、
足が冷えて冷えて
ぜんぜん温まらなかった、と言っていたのをよく思い出します。


カーッと頭に血がのぼったとき、
「気」が上にのぼって、下がおろそかになってくる。
重心も上がるので、不安定。


それはそれはいやな気持ちがするので、
私はそのピンチに対して、自然と
お腹でたくさん呼吸をするようにしていました。

すると、重心が少しずつ丹田に戻り、
落ち着いてくる。
この「怒り」というプロセスも、味わえるようになってくる。

※腹式呼吸は苦手!という人はこんな事情があることも念頭に
「腹式呼吸は誰でもできるのか」


さらにヨガをして、あちこちに気がめぐるようにしてあげると
「怒り」は
もうほとんど残っていませんでした。


よーく考えると、私の言い方も悪かったな、とか。
なぜそんな言い方したのかといえば、私もつらかったんだな、とか。
同じように、きっと相手もたいへんな時期だったんだな、とか。
血が上っている状態では見えなかったことが
見えてきました。



でも、これで腹式呼吸が出来なかったら、ヨガが出来なかったら
私は「怒り」をやはり否定していたかもしれないな、と
思いました。


やはり、不快ですもの。


…でも、すでに人間に備わっているあらゆる感情は、必要があって
備わっているわけで。それを否定すれば、逆に全体の調和が崩れると
実感しています。

だから、怒りともうまいこと
付き合っていく方法として、
やはりヨガは大事なのだと。

森田ゆりさんが
ご自身の講座で丹田呼吸を理論とセットで行われている
ことは本当に素晴らしいと思います。

私も、これをやりたいんだな、といつも思ってます。


********


さて、イレギュラーな日曜日のblogは、以上でした。
もうひとつお知らせ。

まだ新型コロナウィルスが完全終息しない状況で、
お試しオンラインヨガクラスをしてきましたが
今週、有料化の方針をかためて
LINE@から情報をお送りしたいと思います!

本日最後のオンラインヨガも16名の方が参加され、嬉しかったです。
どうぞこれを機にお友達登録をしてくださるとうれしいです。

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読んでくださって、ありがとうございました^^