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makie.nishikawa

Author:makie.nishikawa
2014年 BlissBaby マタニティ・産後ヨガ教師資格取得(24 時間)
2017年米国クリパルセンター公認ヨガ教師資格取得(200時間)
山の上のヨガルーム、Yoga Lantern(長野県御代田町)主宰。
2児の母。

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先生と子どもたちの変容 ~キッズヨガで学校と関わって

こんばんは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。

わたしは本日、ものすごい筋肉痛 (諸事情につき理由は書けません、、、(笑)。
日々、働いております。
がんばっております。
命を使わせてもらっている感じがします!!

というわけで身体はボロボロなんですけれども、
ちょっとうれしいことがあったので
心はなんだか元気です。


:::::::::


今週は3日間連続で、幼稚園や学校でキッズヨガをしてきました。

卒業間近のこのお忙しい時期に、
わたしのことを信用して日程を割いてくださった
先生方には感謝しかありません。


子どもたちからは、「楽しかった!」という言葉と笑顔をもらったり
時には、ワークから得た、豊かなイマジネーションの世界を
聴かせてもらったり。。。


なんと幸せな仕事なのでしょうか!



「また来年度も来てください」とのお便りや
おみやげのポップコーンまでいただき
涙・涙でした。


一番回数を重ねられた、自閉症・情緒障害学級では
大きな変化もあったとのことで
先生から感想をいただいています。
了承を得て、載せさせていただきます。



ヨガを通して得た、子ども達へのアプローチの変容について。  



西川先生とのヨガを開始して4ヶ月になる。
私が見ている自閉症・情緒障害学級の子ども達は、教室に入れず、自分の好きな事を好きなだけ赴くままにやって一日を過ごしたいという、幼児的な素質がまだまだ強い。
好きなことに対する熱量がすごく、それに伴って賞賛を求める気持ちもすごく、『見てみて!』という言葉が物凄く飛び交う。
『あなたは、すごいね』という言葉を常に求めている。

しかし褒めたからと言って、こちらの意図や考え、計画には決して乗らない。

そんな混沌とした状況から、『これは育児と同じだな』と感じるようになった。
母親が一人で見るよりも複数の大人に関わってもらったほうが、子どもも、一人の教師と煮詰まらないし、お互いのためである。
また、対教師、子どもの教える、教わるの関係性よりも、一緒に何かを考えたり、取り組んだりする、そんな方法が良いのだろうと日々感じていた。

そんな時に西川先生の、ヨガにお世話になるようになった。 先生のヨガの中で呼吸に気づいたり、姿勢を正したり、色々なポーズをとったり、子どもたちには初めての経験ではあったが、楽しそうに穏やかそうに取り組めていて、やっていただいてよかったなと思える講座だった。


ヨガにも教育(特に幼児保育)にも通じている西川先生の視点は学校教育のみに携わっている者とはまた違う角度から児童理解を促してくださる。  

特に大きかったのは、『小学生でも、言葉だけではなく、触れること=人の温もりはとても大切』といったもの(※)だった。

※教育現場でのスキンシップは禁忌の場合もあることを踏まえたうえで、幼児的な行動や愛着障がいがある場合などには、乳幼児期に発達させるべき脳幹にアプローチする方法(欲求への反応、心拍や呼吸などのリズム、体温)もあるということをお伝えしました。下記『犬として育てられた少年 子どもの脳とトラウマ』を参照。

確かに、「おんぶして〜」とあからさまに求めてくる児童はいるので、その子の気持ちには応えているつもりだったのだが、日ごろからなにかしら怒りやすく、怒ったら最後、人に八つ当たりし、手が出たり、物を破壊したりしてしまう、体もしっかり大きい6年の男子にさえ、そのようにしてみてはという助言には驚いてしまった。  

しかし、先生の推薦してくださった本『犬として育てられた少年 子どもの脳とトラウマ』もその後、読みすすめていく。

その本からも今自分が見ている子ども達に必要なアプローチが、『触れること』なのではという事を示してくれた。  

触れたら怒らないかな?最初は頭を撫でるところから始まり、大変だがプロレスのような取っ組み合いを一緒にやったり、最終的にはハグもできるようになった。
全く嫌がらなく、むしろ穏やかな表情を見せてくれるようになった。

初対面の方の印象では、「穏やかな子」と言われるようにまでなった。  

そしてある日、友達のペンをいじっていて壊してしまい、攻められていた本児。怒り出すかなと思い、その場から引き離し、「大丈夫大丈夫」と抱きしめた。
そうしたら、気持ちを取り戻し、謝罪までできたのだ。とても嬉しかったし、驚いた。そのような対応ができた事に愛着がさらにわいた。

大切な視点をありがとうございました。これからもよろしくお願いします。




これを読んだだけで、なかなか壮絶な現場なのだと
いうことが伝わってくるのではないでしょうか。。。

部外者であるわたしも、ひしひしと感じました。

それでも、本を読んで子どもたちの理解をしようという
素晴らしい先生で、
私もその姿に本当に学ばされました。



子どもたちは、たとえ育つ環境がしんどいものであったとしても、
こうしてほんの一時、かかわりあうしか出来ない大人が
真剣に向き合ったときに、
人生に必要な何かを受け取っているのでしょうか…?


そうあってほしいです。


令和2年厚生労働省が発表した
児童生徒の自殺者数
 は過去最高、479人

志を共にして下さる方といっしょに、歩んでいきたいです。



読んでくださって、ありがとうございました。

















****************

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「自然と、ヨガ」~からだは一番身近な自然:流れを感じよう~ from Makie Nishikawa on Vimeo.





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絵本と子どもたち ~内から生まれる「静かさ」とつながる

こんにちは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。

土曜日、昨日、書く予定だったblogですが、
今日書こうと思います。
昨日、寝ちゃいました、、、
開いて下さった方、すみませんでした!


今日のテーマは、「静かになる」ということ。




静かになる





それは、喋らないこと、物音がしないこと。。。



なのだろうか?


という疑問がわくことがあります。





わたしは、幼稚園や小学校で絵本の読み聞かせをする機会が
あるのですが、
小さい子ほど、「静かにして」と言ったところで、静かになりません。
直前まであっちこっちウロウロしたり、
時には喧嘩が始まってしまうことも!


でも、そんなめちゃくちゃな状況なのに、絵本を読み始めると
ぴたっと静かになることが多々あります。



すごい集中力



あの引き込まれる力、
物語と一体になる力、
ものすごいですよね。


瞑想が、起こっている。


いつも感動します。
その静けさを、わたしも自分の内側から味わいたくて
緊張しますけれど、
その静謐をこわさないようていねいに読むようにします。




一方で、小学生になると
いつも静かにしましょう、静かにして、静かにしろ、と
たくさん言われているのでしょうね。

たとえ誰もしゃべらず、「静か」であっても、
その質が違うように感じます。


人の話を聞くときは静かにしましょう、
それが出来ない人は「ダメ」

耳にタコができるほど言われているから
暗黙のルールが出来上がっている。

静けさの中に、不安や緊張、抑圧、が混ざり込むことによって
「静けさ」の純度が下がるように感じます。




************




ヨガや瞑想の世界では、


静けさとは、内側にもともとあるもの


という理解をします。
そこに繋がるために、ヨガや瞑想をする。


小さな子どもたちが
絵本に吸い込まれてしまうように、
ひとりひとりが持ってる
内なる静けさ
そこにアクセスするツールが
ヨガや瞑想。



決して、他人に静かにしろと言われて
アクセスできるようなものではない




のです。

わたしは情けないですけど、
1時間とかガッツリ瞑想に取り組んでいるときでさえ、
頭のなかではおしゃべりが止まらない時があります。

はたから見たら、静かで、内なる静けさに
触れているように見えるかもしれないけれど、
でも頭の中は大騒ぎ(笑)。

そんな状態を笑いながら、自分に気づくようにしています。


****************



子どもは、わたしの瞑想の大先輩です。

でも、先輩たちは、実はその力に気づいていない時があります。

だから、たとえばこんなことをしてみます。



ティンシャをチーンと鳴らしてみる。


わたしの大切なティンシャは、30秒以上も響き渡るので
いっときもおしゃべりを止めない、
ああ言えばこう言う子どもたちが、
「静かにしましょう」という
言葉を一言も言わなくても
30秒以上、静謐に包まれます。




静けさは、内側から生まれるもの




先輩方は、実は静けさと繋がる名人。
だから、ただ、それにただ気づいてほしい。



しんとしずかなほん


この本、おすすめです^^

「しんとしずかな、ほん」 
デボラ・アンダーウッド文 レナータ・リウスカ絵 江國香織訳



しずかさには いろいろある
うちじゅうで さいしょにおきたひとの
しんとした しずかさ



から始まるこの本、
「しんとなる」いろいろな瞬間を切り取って
紹介してくれます。
最初に起きたウサギがヨガポーズをとっているのも可愛い^^


これを読んでから、
「みんなは、どんなときにしんとなるかな?」と
問いかけてみると、
(年齢にも環境にもよりますが)
子どもたちはいろいろなことを
教えてくれて楽しいです。


ぜひ、お子さんに、大事な子どもたちに、読んでみてください。
そして聞いてみてください。
どんなときに、しんとなる?って。

しんとなる瞬間がすでにあるのだから、
それに気づくよう質問するだけです。


そして大人である自分はどんなときに、しんとなるかな?
自分にも聞いてみてください。
それをシェアできる時間、とっても豊かですよね。


いちにち遅れのblog、読んでくださってありがとうございました。
素敵な休日をお過ごしください。















****************

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"She Used To Be Mine"とんでもないあの子も、かつてわたしのものだった

こんにちは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。


寒いです。
今日はものすごく寒い!
そしてわたしは頭痛がします。
昨日、満月。
綺麗でしたね~
ぴっかぴっかに光ってて、娘といっしょに寒空のなか
抱き合いながら月を眺めました。
少しずつ上空に月が移動していくのを
「動いているよ、月が動いてる!」
「ほんとだーー」
って言いながら。


幸せな時間です。


******


ちょっと前になるんですけど、「おげんさんといっしょ」っていう
NHKの音楽番組で
高畑充希さんが歌う

"She used to be mine"(かつてあの子はわたしのものだった)




という曲のカバーを聴いて、号泣してしまいました。


It's not simple to say
That most days I don't recognize me
That these shoes and this apron, that place and its patrons
Have taken more than I gave them
It's not easy to know
I'm not anything like I used be, although it's true
I was never attention's sweet center
I still remember that girl

She's imperfect, but she tries
She is good, but she lies
She is hard on herself
She is broken and won't ask for help
She is messy, but she's kind
She is lonely most of the time
She is all of this mixed up and baked in a beautiful pie
She is gone, but she used to be mine


今のじぶんはエプロンつけて接客して、それなりにいい感じに
見えるかもしれないけど、
少女だったあの日の自分は、もっと不完全で、でも一生懸命もがいてて、
マジメなのに嘘つきで、
壊れてたけど、だれかに寄りかからず、
めちゃくちゃだったけど、優しくて
いつだって孤独だった
あの子はその全部を混ぜてきれいに焼き上げたパイ


でも、もうここにいない
あの子はわたしのものだったのに




…と後半中心にちょっと自分なりに訳してみましたが、そんなような歌です。
(前半は訳すの難しいので省き気味)


泣ける


自分とかぶっちゃって、、、、、、、、

今では、ヨガ教師とか保育士とか名乗っちゃって
ちゃんとしている大人のふりをしていますが、
わたしはかつて、とんでもない子どもだったので。


実験的に母に激突して、大怪我させたり
家出したり
学校やめたり入ったりやめたり入ったり
大人になってもしばらく
とんでもない行動ばかりとってたような。


でも、そんな自分を擁護したいような気持ちもどこかであるんですよね。
ピュアに不器用で、経験も手掛かりもないなかで
よく頑張ってたなあって。


*********



皆さんは、いじめってしたことありますか?
わたしはあります。

いじめられたこともたくさんありますが。

今でもときどき、そのことを思い出します。
小学校の頃、とてもおとなしくて体の小さい男の子がいて、
その子のことを
他の女の子と一緒によってたかってからかって。

「なんて僕のことばかり、いじめるんだよ」

と言われたのをハッキリ覚えています。
でも、やめられなかった。


やめられなかったんですよね。


家に帰って、夜になると、ものすごい罪悪感が襲ってきて
自分を責める気持ちに苦しみ、
明日からは絶対あんなことしないって
かたくかたく誓ったりするんですが、
翌日になると忘れて、同じことを繰り返してしまう。


依存症みたいですね。


今でもなぜ、あんなことをしたのだろうと理解できないのですが、

一言でいえば、人間の弱さ。

他を除け者にして、自分の優位を保つ
習性が顕れてしまったのかなと。

もうひとつ、大人として子ども時代の自分を擁護するならば
やはり、わたしの育った家庭にはいじめがあったので、
子どもの自分は、無意識に模倣していたのだろうか。
とも思います。


************


一見、めちゃくちゃな子どもだったと思います。
そのほかにも、いろいろ。


でも、今、大人として子どもたちと向きあうときは、
その経験がたいへん役にたっていると思います。


いじめをしようとする子どもの気持ち
他者を傷つけると同時に、自分も深く傷ついて、
他者を嘲笑いながらも、
心の奥が今にも泣きだしそうな
そのどうしようもない
ぐちゃぐちゃなパイみたいな子どもの気持ちが、
愛おしく思えるから。


どんな悪どい言動をしたとしても、
本質は、輝いていると
素直に感じられてしまう。


毒をもって毒を制す、じゃないけど、
結構向いているんだと思います。


いじめをしていた自分だって、こうして大人になれたんだもの。
大丈夫だよって言ってあげたいです。


読んでくださって、ありがとうございました^^


すべての人の内にある輝きに、敬意をこめて。
Jai Bhagwan





****************
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種まきをした自分を、褒めてあげたい

こんばんは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。

2020年という、激動の年が間もなく終わろうとしていますね。
間もなく、12月。
我が家にしては珍しいほど早く、
今日、小さなクリスマスツリーを出しました。


*************


一緒にツリーを飾ってくれたのは、
遊びに来てくれたお友達家族。
夫婦とも保育士で、なんだかいつも話があって
あれこれ保育の話をして、
具の少ないチャーハン一緒に食べて
子どもらと一緒に工作をして、
別に大きなイベントも企画もなく、のんびりした
一日がとても幸せでした。

IMG_20201121_192516.jpg


コロナの中で揺さぶられた1年だったし、
今もそれは続いているのだけど
疲労ピークだったこの数か月間を
通り過ぎ、今思うことは


「よくがんばったな、じぶん」



ということ。
他人がどれほどがんばっているか、なんて眼中ありません。
だいじなのは、自分比。


これまで数年間にわたって、「想い」はあったけど
実行できなかったことを、
たくさん挑戦しました。


2017年東京で200時間の
クリパルヨガ教師トレーニングを終え、
最後に、自分からのメッセージとして左手で書いたのが
「それ(ヨガで学んだこと)を子ども伝えて」
という一言でした。


そのときは、それがどういうことなのか
とか、何をすべきなのかとか全く
分からない状態で受け取った言葉。


その後
2018年にはキッズヨガの資格をとって、
それだけでは何だか勉強不足な気がして
2020年には保育士資格をとって
44歳で初めて保育士として働きはじめるという
ことも始めました。


それが今年のこと。


子どもにヨガを伝えたいと思ったとき、
どのように伝えられるかという問題がありました。


自分がヨガを届けたい子どもたちは
「習い事として親がわざわざ連れていきてくれる子ども」
ではないのだな、
ということはわかっていて、
有料定期クラスをもつ気にはなれませんでした。


もっと苦しい状況を生きているような子どもたちに、
ヨガを伝えたい。
自分がそうだったように、必要な子どもがいるのではないか。


そんな気持ちを持て余していたところ、
「子どもたちへヨガを伝える会」に出会いました。
そこで勉強を始めたことも、
今年はじめたことのひとつです。


そしてそこでの知識を少しずつ身につけながら、

学校関係の友人に声をかけて、
支援学級でのヨガを始めることができました。
今のところ2校、それぞれ月1というペースですが
わたしのなかでは、精一杯。

ボランティアだけど、
これが自分のやりたかったことなのだということは
間違いないと思うようになり、

もっとお金になるような、華やかな世界でのヨガ活動は
すべてお断りする勇気も持てるようになりました。


「呼吸と気持ちのワークショップ」も、自分の息子の学級で
初めて行うことができました。


これも長年やりたかったこと。
12月には御代田町内の学校でもう3クラス行うことになっており
失敗なども生かしながら
少しずつブラッシュアップしていきたいと思っています。


これまでの人生をざっと振り返り、
これからの未来を大まかに思い描くとき、
自分にはまったくブレがないのだと
感じます。

あたらめて自分が書いたYoga Lantern ウェブサイトのプロフィールを読み返すと
それがよくわかります。



しかしながら、その道中には、たくさんのたくさんの失敗があり
それを寛容にゆるしてくれた多くの人がいて
それで自分は成長して来られたし
これからも生きていけるのだと感じます。


たとえば保育所での初めての仕事は、、、(笑)我ながら目を覆うようなことばかり!!
でも、謝って怒られたことはないですし
挑戦をやめるように言われたことも
挫折してとがめられることもないです。


今日は友人たちと、そんなことも話しました。
人間は、そういう環境で育つよね、と。



わたしが右往左往しながら挑戦する姿を、
あたたかく見守ってくれたすべての方に感謝したいです。
保育所の先生方、
支援学級の先生方、
担任の先生、そして子どもたち。
家族、友人、地域の方、わたしのまわりの温かい人たち。


そして、ギリギリまでがんばってくれたこの自分の身体に
人生でやりたいことの種まきをした自分の勇気に
心からの敬意を表したいと思います。


2020年総括するにはまだ早いけど、一言言いたい

みんなありがとう


どうか温かい世界になりますように。
残りの人生できるかもしれないことの
種は全部まいたから、
もうあとはよく育つよう祈ることしかできないけれど。


読んでくださって、ありがとうございました^^



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言葉にすることに嫌気がさしている

こんばんは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。


さあ、御代田町(標高985m)いよいよ寒くなってきました。

オンラインで講座を受けたりすると如実にわかるのですが、


皆さん=半袖

わたし=長袖+パーカー+フリース+ストーブいれる



という現象がよく見られます。

この前の、塩野公民館でのクラスも寒かったでございますよ。
コロナで換気も必要だし。
というわけで、公民館の管理者の方に懇願して
明日の日曜クラスは、10月にしては異例の
暖房をお願いすることにしました。


わたし自身、たいへん低温に弱いでございます。
自分のホメオスタシスに自信がありません。
寒いと途端に、膀胱炎になったりして、、、

しかしここは信州、寒さに強い方もかなり多いです。
え!
寒いのはわたしだけ。。。?
とうっかりガマンしてしまうことも。

だから、他にも寒いですと言ってくれると
ほっとします。言ってくださいね。
どうぞよろしくお願いいたします。


************


さて、先日、生まれて初めて、小学校でのヨガ指導を経験してきました。
そこでの体験はここでは書けませんが、
おお、ここに来るために自分はこれまで色々研鑽を積んできたのではないか
と思うくらい、コミットしたいと感じました。
もちろん、反省点はてんこもり。
担任の先生と二人三脚でやらせてもらえる
有難さをひしひしと噛み締めました。



**********


わたしはいま、毎週月曜の夜に
「ライフトランスフォーメーション」
という連続講座を受けているのですが、
そのなかで


「自分の身体と魂が喜ぶことをする(半身浴、マッサージなど)」


というホームワークが出ました。
最近あまりに忙しく(自らやりたいことをやるを課している) 
綱渡りが続いているなかで、
なんだかこのホームワーク自体が
とても非現実的なものに思えてくる、、、
のをなんとか現実のものとして引き寄せて、
一日少しでもこなそう、と努力しています。


自分の魂が喜んでいるとき


皆さんは、どんなことが思いつきますか。



わたしが、そう言われて
ぱっと思いついたのが、

「保育所の子どもたちと遊んでいるとき」


でした。
前回のブログ「身体の芯の芯からほぐされるような感覚」
にも書きましたが、


あの1歳、2歳の、まだ言葉が操れないひとたちと
一緒にいるときの、自分の奥底の硬さがほぐされていく感覚というのは
一体なんだろうか。


と、最近よく考えています。


わたしは、普段はめちゃくちゃ頭が忙しいひとで、
時間管理も下手だったりするので、
タイムスケジュールが忙しければ頭も同時に忙しくなり
だからこそ
日々に瞑想が必要だったりします。


しかしながら、あの方々と一緒にいるときは、
瞑想なんかしなくても、
自然にマインドフルネスが出来ています。


いまこの瞬間に、キラキラと輝く
美しい瞳を、遠慮なく見つめて

言葉以前にそこにある何かを感じ取るために、

ただ、今ここにいる。

それが自然にできてしまう。



この癒しの感覚は、一体なんなんでしょうかね。


わたしの魂が、喜んでいる。


半身浴をしても、
オイルマッサージをしても
どうしても考え事から逃れられない私にとって
あの方々からもらえるギフトというのは
はかりしれないものがあります。



***************



そして同時に、なんか、もうわたし、言葉に疲れてるんだな。
と思い始めている。



え?
言葉で現実を切り取ることに、至上の悦びをおぼえていた
あのわたしが?


と、ほんとビックリです。


このブログもまあ長い言葉で、いつもダラダラ書きますね。
基本的に、大好きなんです。
言葉にするということが。
論理にするということが。
バラバラを言葉でまとめ上げるという作業が。


しかし、なんだかもう、最近、言葉にするということに心底嫌気がさしてきている。
これほんとう。


朝起きて、「あ、今日の意図を考えなくちゃ」(←ライフトランスフォーメーションの宿題)
と思ったとき、
すごい自分の奥の奥の芯の硬さが増すような感じを覚えます。


言葉にするのか。

嫌だな。



と思っている自分がいる。


どこかでそれを、純粋なものじゃないと感じている自分がいる。


それと、小さい子どもたちと触れ合っていることは
どこか関係があるのだろうか。



まだ言葉を獲得していない子どもたちは、
自分の意に添わない事が起こったとき、往々にして「手」が出ます。
言葉に出来ない分、ほかの表現方法をとることがあります。

でも言葉が出てくると、
噛みついたり、押したり、ひっかいたり
という行為が明らかに減る。


言葉にできるということは、
その人のなかで小さな統合が起こっているのではないでしょうか。
わたしはそれを社会的な存在である人間には
とても大切なことだと思っています。


けれど、今、その言葉に対して、
もう一度捉え直しの作業が必要になっている気がします。
それを、素直に、認めてみようと思います。
そこから何が始まるのか。


結局、統合したときには言葉が伴っているのかもしれないけれど
しばらくわたしはこの、
「言葉に嫌気がさしている」
に素直にいたいと思います。


それと、小学生とのヨガ体験についても、確実に繋がっていく予感もあります。


今日も読んでくださってありがとうございました!
どうぞ皆さんも温かくしてお過ごしくださいね。