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makie.nishikawa

Author:makie.nishikawa
2014年 BlissBaby マタニティ・産後ヨガ教師資格取得(24 時間)
2017年米国クリパルセンター公認ヨガ教師資格取得(200時間)
山の上のヨガルーム、Yoga Lantern(長野県御代田町)主宰。
2児の母。

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クリパル・ステージ1を受けて(3)

2013.08.27 11:43|ヨガと身体と生活の考察
ヨガの経典、ヨガスートラの話も聞きました。

アーサナの定義。

アーサナ(座法)は、快適で安定したものでなくてはならない。
アーサナは緊張を緩め、無限なものに心を合一されることで得られる。
以後、その者は二元性によって乱されることがない。


さっと読んだだけでは心にストンと落ちてこない、
この文章の解釈をトシさんなりにしてみせてくれました。

まず2行目、「無限なもの」とはなんだろう。

ひとつには、エネルギー。
目には見えないけれども身体の内にはエネルギーがあって、
その「現象」として感覚や呼吸が起きている。
それはまるで、風が吹いて枝葉が揺れるように。
現象は有限だけど、そのエネルギー自体は、無限。


もうひとつ。それは、永遠なる今。
「今」はこの瞬間この瞬間過ぎて、過去になり、
また未来がやってきては「今」になり、
終わることがない。無限。


「無限なものに心を合一させる」とは、
エネルギーを感じ、「今この瞬間」に心を置くことに似ているのではないか。
…というものでした。


今、この瞬間に心を置くこと。

それは私がヨガに引きつけられた最大の理由です。
私がそれが本当にへただから、今が空っぽになってしまい、満たされない。

ヨガに求めたのは、今この瞬間を満たすこと。
私の心、体、魂のすべてでこの瞬間を生きること、でした。


それが、アーサナ。

そして、それが出来たならば、「その者は二元性によって乱されることがない」。

二元性とは、上下、左右。善と悪、対となるもの。
私たちは常に右が良いか、左が良いか、どちらか片方を選んでいて
良い方がとれないと辛かったりする。
でも、両方が全体の一部であり、両方が必要であるとわかれば、
乱されることがない、ということ。

ふーむ…
あさってからステージ2が始まるため慌てて
まとめようとしているけれども、
これは本当に私のいまの状態に落ちてくる言葉です。


「あるがままを受け入れる」
というのは、クリパルヨガをしていると頻繁に耳にする言葉で
自己を否定せず、ジャッジせず、その状態をただ観察するという意味で
よく使われます。

ふと思いました。
「あるがままを受け入れる」というのは、つまり
ヨガスートラでいうところの
二元性に乱されないということではないかと。

良い、悪い、を判断しないで
このままの状態をただ事実として観察することは
心を落ち着けてくれる。
右に左に揺さぶられるのではなく、自分の真ん中、中心にいて、
その場所に、ただただ収斂していく。回帰していく。

アーサナによって得られるものはそういうものだ、と、
そういう意味なのだろうか。


中途半端になってしまったけど、本当にこの学びは
私にとって宝です。

あさってから始まるステージ2がまた楽しみです。

クリパル・ステージ1を受けて(2)

2013.08.26 14:31|ヨガと身体と生活の考察
ステージ2のクラスが9月からまた始まるので、
なんとかその前にブログアップしようとしています。
家作りが難航していて、パソコンに向かえなかった、、、

ステージ1のクラス終了から1か月経って、
あのクラスのピュアな体験を思い出そうとしても
言葉に感情がこもらないような気がして、おそるおそる書いています。


ステージ1の初日。

慢性的に体調の悪いワタシは、この日も不調を感じており
ダウンドッグをしていても
どうにも背骨が伸ばされず、首がいたい(>_<)
それを言うと、「じゃあやってみましょう」とトシさん。
みんなの前で、ダウンドッグをすることになりました。

子どものポーズから、腰を浮かせて
ダウンドッグに入る。
両手を床に押し付けて、尾骨までぐっと伸ばす。
何度してきただろう、このポーズを。

「肩をもう少し開いたらどう?」
肩甲骨を開くようにしたら、首の痛みが一気に楽になる。
「あ、いい感じです」
「なーんだ」とトシさん(笑)

問題はひとつあっさり解決しましたが、もうひとつ。
腰椎のあたりが伸びない。
伸ばそうとすると、胸椎のあたりが床の方に沈んでしまう。

トシさんに伸びないその背骨のあたりを触ってもらい、
もう少しここを伸ばせますか、
さらにここも伸ばせますか、と言われる。
ここですか?
え?ここ? ああ、ここも動くのか。

背骨は、ここも、ここも、ここも、別々に動かせる
という驚き。

ああ、面白い。

結局、尾骨を高く上げようとすると背骨の一部がもとに戻ったりして
行きつ戻りつ、なかなかベストポジションまで
いかなかったけれど、

「こっちに行けばいいんだ」

その感覚を深く味わって、納得して、ポーズから抜けました。

こっちに行けばいい

それは、私にとってはすごい希望のように思えました。
ふううう、と体が息を深く吸って、吐いて。
その気持ちよさのなかで、体とともにいることができました。

帰りのバスのなかで、書いたメモ。

「ハイライトはダウンドッグ。ものすごく感覚が強く起きた。
背骨から尾骨までぎゅうぎゅうに詰まっていて、どこを伸ばして
いいやらわからない感じ。
「抑圧」という言葉がぴったりの背骨だった」

抑圧。
私のなかに落ちてきた言葉が、自分の生活や生き方と重なりました。


翌週、クラスの初めにそのことをみんなにシェアしました。

抑圧されている背骨のこと。
そして、私が忙しく余裕のない日々のなかで
クリパルヨガを学びたいという気持ちを
抑圧してきたことを。

ただそれだけのこと。
でも私の体調不良は、その日から一気に改善しました。
ただただ気づいてあげること、
それだけで、体も心も、本当に楽になる。

私はこうして今、ヨガの体験をひとつひとつ重ねています。

(たぶんつづく)