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makie.nishikawa

Author:makie.nishikawa
2014年 BlissBaby マタニティ・産後ヨガ教師資格取得(24 時間)
2017年米国クリパルセンター公認ヨガ教師資格取得(200時間)
山の上のヨガルーム、Yoga Lantern(長野県御代田町)主宰。
2児の母。

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「腹式呼吸」ができるようになっていた

こんにちは。
Yoga Lanternのにしかわまきえです。

本日は、小諸市体育館での「健康の源」ヨガでした。
※7月からはクラス名が「気づきのヨガ」へと変わる予定ですが
内容はこれまでのクラスと同じです。


ずっと通ってくださっている生徒さんから
「日常生活のなかでふと気づいたら、腹式呼吸ができるようになっていた
と報告を受けて
本当に嬉しい気持ち=ギフトをいただき帰ってきたところです。

そういえば、この前のクラスでも
同じことを言っていた方がいました。
クラスの中でもともと胸で呼吸していたことに気づいて、
日常の中で練習していたら出来るようになった、と。

「腹式呼吸」

最近、Yoga Lanternのクラスでも話題に出ることがあるのですが
腹式呼吸ってなんでしょうか。

もっとも素朴で自然な疑問として

「どうして空気は肺に入るのに、お腹が膨らむのか」

というのがあります。
この前のクラスでも、「空気は肺に入りますよね?」と言ったら
「え??じゃあ、腹式呼吸ってなんなの??」
と聞いてくださった方がいて、
そこなんですよーといろいろお話しました。
答えは教室でどうぞ…(体を使わないと単なる小難しい話です、ググってみてください)


実は、世の中の多くの人が「腹式呼吸」という言葉は知っていても
自分の身体でそれを実感している人は
少ないのではないか、と日々の経験から感じています。


ここまで書いていくと、
「なぜ腹式呼吸が大事なのか」と聞きたくなる人もいるかもしれませんが
わたしは普段あまりそこには触れなくても良いと思っています。

もちろん、細胞レベルでは肺の全部を使って新鮮な酸素を血中にとりいれて
老廃物=二酸化炭素を完全に外に出す
大切さをうたうことはできると思いますが

しかし、多くの人が
「胸の呼吸だけだと苦しい、もっと深くしたい」
「呼吸が浅いと疲れやすい、もっと深く息をしたい」
「落ち着きたい、深呼吸したい」
…という焦燥のようなものを、感じているようだからです。

「これこれこうだから大事」
と理屈を言わなくても、
人間はもっと深く息を吸いたいと、身体感覚的にわかっているような
気がするのです。



わたしの場合などは、まさにそこからスタートしたヨガ人生でした。

マイコプラズマ肺炎にかかって1年治らず、
腹式呼吸どころか、胸にすらも入らず、首までしか息を吸えなかった。
いまだかつて
その時のわたしほど呼吸が浅い人には出会ったことがありません!
当然、疲れやすく、30段くらいの階段が登れなくて
茫然としていたのを覚えています。

だから、呼吸が浅いひとの気持ちに、人一倍共感します。
呼吸を深くしようとしても、できない気持ちもわかります。
お腹がかたいのは、ストレスなんだそうです。

でも、そんな私もできるようになったし、
生徒さんでも続けてくださると、出来るようになってくるんだ。
本当に嬉しいです。

深く呼吸ができると、安心します。
本当にほっとします。
自分自身のなかにある、愛に触れることができます。

でも、どうぞ今できなくても自分を責めないでほしいです。
あ、でも試しに責めてみてください(笑)。
責めると、責められた自分のお腹はますますかたくなってきます。
やってみてください。
心と身体がつながっていることを、呼吸は証明しているのです。

「呼吸が浅い」という気づき、
それは将来、自分のなかの本当の優しさに
触れるための大切なプロセス。
それすらも、生きているから味わえること。
だから、大切にしたいのです。

読んでくださって、ありがとうございました。


身体のよぶんな力みと、判断する心/クリパルヨガのOn the mat, off the mat①

こんにちは。
Yoga Lantern にしかわまきえです。

私が実践しているクリパルヨガは
ヨガのためのヨガ(ポーズを美しくとるとか)ではなく、
ヨガの知識や実践を生活に生かすことを大切にしている
ヨガです。

On the mat, off the mat

ヨガマットの上で起こっていることは、
基本的にマットの外=日常生活
でも起こっているという教えがあるのですが、

わたしの場合、日々、日々、生きているとしょっちゅう、
ああ、これもあれもヨガマットの上のあれだ、と
体験が日常生活とリンクしていることに気づきます。


たとえば。

立ちポーズで、しっかり足を踏みしめて両手を上げるとき。
肩や腕に、力が入ることがあります。
足(脚)の筋力はしっかり使ってないと立てないのですが
肩の力は使わなくても良いのに、入ってしまう。

「あ、チカラが入っているな」と気づいて、
抜いてみると、意識の力だけで意外と抜けることがあります。




こういう状態は、日常生活のなかですごくコレに似てる、
といつも思うのです。
たとえば…


声の大きい人=自分を表現でき、世の中で優位に立つ人。

とか、

ギャルっぽい人 =知的ではなく、異性へのアピールが強い人


とか、判断している時。


または、

キャラクターのもの =おしゃれじゃない、安っぽい、恥ずかしい、商売的

とか、

オーガニックなもの =素敵、健康に良い、環境に良い、平和的


とか判断しているとき。

で、好きとか嫌いとか、自分と同じタイプとか違うタイプとか、
判断して一線を引く。

その時の感じが、とても「よぶんな力み」と似ているな、と感じるのです。


人間の心(マインド)は過去の経験を参照しながら
生命が安全でいられるように常に監視しているわけだから、
そういう判断があるのは人間として正常なわけですが、

でも、あんまり行き過ぎると、それは「いらない力が入っている状態」となるんだな、
と常日頃感じています。



なので、日常の中で変に判断してるな、と気づいたとき、
その力をなるべく手放すように心がけています。

もちろん、なんでもかんでも、手放すわけにはいきません。
日常生活が、まわっていきません。
判断しないといけない時もある。


その「判断しなければならない時」が、
立ちポーズでどっしりしてなければならない、脚(土台)の力に相当しているのだと思います。

マットの上で毎日ポーズを実践していると、気づきが起こります。
その気づきが、深くなればなるほど、
ふだんの自分の生き方があぶりだされていきます。

最近は、生活のなかで「これはよぶんな力だな、偏見だな」と
瞬時に気づきが生じることがことが多くなり、
すごく生きやすいです。


「判断しない」
というスタンスで人の話を聞いていると、
話の内容というのは、その人の周辺情報であることが多く
本当に語られていることというのは別のことである
場合が多いんだなということに気が付きます。

怒りの後ろにある悲しみ
笑顔の後ろにある絶望
涙の向こう側にある希望

揺れ動く状況を、よいことも悪いことも、判断しないで見ている
練習を、日常のなかで行っています。

脚力があり、ハラに力が集まると、少々揺れることがあっても、軸に戻ってこられます。
マットの上の練習と、
マットの外の練習は
両輪だなと思っています。


読んでくださって、ありがとうございました^^ 



小諸まちなかマルシェに参加します

2018.05.17 15:56|お知らせ
こんにちは。
にしかわまきえです。

今度、小諸まちなかマルシェに、信頼する仲間とともに
参加することになりました。
お子さん連れの方でも楽しめる内容ですので
よかったら、どうぞお越しくださいね。

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自分でいうのもなんですが、不思議ですねえ。。。
なんなんだろうなあ、と空を見上げる日々です。

ものの見方とか、感じ方とか、声の出し方とか、人との関係の作り方とか、
ひとつひとつ転換を迫られているような気がしている毎日です。

人を信じるのも、自分が変わっていくのも、
不安になるときもあるんですが、
「わたしは不安なんだよ」と声をあげられて、
それに対して過剰反応することもなく
ドライに一緒にいてくれる人がいるというのは、いいですね。

ありのままでいさせてもらえるから、この気持ちが湧いてくるんですね。

ありがとう





親子ヨガ~お母さんは子どもの専門家!

2018.05.11 14:52|子育て、もろもろ
こんにちは、ヨガランタンのにしかわまきえです。
いつも読んでくださって、ありがとうございます。

さて、先日、ゴールデンウィークにご家族でヨガをしたいという
ありがたいお話をいただき(素晴らしいですね!本当に)
60分のクラスを担当させていただきました。

お母様、お父様、おばあちゃま、3年生の男の子、年長の女の子
と一緒のヨガクラス。幸せですね~

感想をいただいたので、お母様のご了承を得てこちらに紹介させていただきますね。


先日は突然のヨガ教室のお願い、それも3世代でのわがままありがとうございました。


夫は熱血くたびれサラリーマンで、私もフルで仕事をしているため平日は子供たちは夜遅くまで学童、保育園の日々です。

私も夫も仕事が好きで、育児はプロに、社会とのかかわりが大事とういう言い訳のもと手抜きの育児でなんとかここまできました。

息子が小さい頃はそれでよかったのですが、小学3年生になると、友達付き合い・勉強も難しく宿題も多 くなってきてずる賢さもでてきて、なおかつ新年度ということもあり
不安定な息子です。親業をさぼってきたつけが回ってきたとなと、4月は息子のことで悩んでました。

我が家は生活がまわらなくなるためテレビをおいてません。
DSも持ってません。

そのことで友達が遊んでくれないことがふえてきていて、息子自身も悲しい思いをして、ストレスをため始めていました。

少しの間でしたが、先生の笑顔・優しい声、素敵な空間でリラックスができたのではと思います。
以前より息子の過緊張が気になっていました。
何をするにも肩、腕に変に力が入り、そのためにうまくいかないこと、疲れやすいことがあるように思ってい ました。
先生のお話を聞き、好きで猫背・過緊張になっているわけでない。
一つの要因として体幹の筋力がない現代病という説明が府に落ちました。
そして私の心も軽くなりました。ありがとうございます!!

実は息子の過緊張は私が原因と思っていました。
私の育て方が悪かった。怒られすぎてきて怒られないようにいつも頑張っていて過緊張になっている??
そして私自身も過緊張になることが多々あるため、遺伝してしまった??
と自分をせめていたり、自分と同じ短所の息子が不憫でした。

でも今回先生にアドバイスいただき、深く考えず、先生を信じ長い目で自分・子供たちの心・身体とかかわり楽しく人生過ごせるこ とが大事だなと思いました。
毎晩は無理かもしれませんが子供と一緒に、ゴロゴロして・腹式呼吸の時間を眠る前に作りたいと思います。

娘は先生に一杯ほめてもらったのがうれしいようで、毎日ゴロゴロ、すっと体位変換、起き上がるを得意げに見せてくれます。
ほめるってすごいプラスの力であることを再認識。
人間の生きるパワーの源ですね。
子供たちをもっとほめようと思いました。


義母も初ヨガでしたがとっても楽しく幸せな時間だったようです。

また是非先生の教室に参加させていただきたいと思います。



こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました!
そしてお母様の気づきが本当に素晴らしいです。

同じように感じているお母さんは、多いんじゃないかな?と思いシェアさせてもらいました。
母親は、子どものことを全部自分のせいと背負いこんでしまいがちですよね。
私もそういうタイプです。


うちの子もそうなんですけれども、姿勢が悪いというのは
現代の子にだいぶ多い特徴なのではないかと思います。

私自身も、筋肉が落ちやすい体質のようで
毎日コアを鍛えるのを怠ると、腰をたてるのが大変になってきます。

椅子にテーブル、それに洋式便座の生活で
なおかつ野山で駆け回る自由もない子どもたちに、
長時間座ったまま背骨を伸ばせというのは、酷な話だといつも思ってます。
学校の先生も、
「姿勢が悪いのは、やる気がないせいなのか…」と悩んでらっしゃったりして。



いずれ、「親子ヨガ」クラスをやりたいという夢があります。
誰より子どもの身体のことを心配してるのは、親なのですから。
その親が人任せにせず、自分で子どもの身体をみて
成長を感じられるようになったら、自信になると思うんです。

それに、子どもだって「コラ背筋伸ばせ~」と言われるだけでなく
一緒に呼吸してくれて、見守ってくれて
さすってくれて、褒めてくれたら、本当に嬉しい。

小学校中学年くらいになれば、自分の生きづらさの一要因として
身体がガチガチで緊張が解けないことにあることに、
本人も気づいているはずだから、「え~」とか言いながらも
やるんじゃないかな。うちの息子みたいに(笑)

とはいえ、なにしろ、楽しく!!!
今回も、走り回ったり、白目むいてみたり(笑)、ゴロゴロしてみたり
めちゃくちゃ自由にその場で起こることに任せてみました。


私自身も、もともと緊張の強いタイプなので、よくわかるのです。
この腰の立たなさ加減、肩の緊張。
呼吸が浅いことも、本当によくわかるのです。

息子も、遺伝ですね。
今でも他の子よりは緊張は強いけど…

でも!昨日息子と一緒に夜ヨガをしていたら
なんだか以前より呼吸が深く、断然ポーズもできるようになってきている!ことに気づきました。
そして、そういえば以前よりは姿勢が正せる時間も長くなってきたような…
しめしめ。と嬉しかった昨晩の話でした^^

読んでくださって、ありがとうございました!

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5月・6月のスケジュール

2018.05.10 15:23|■スケジュール
こんにちは。ヨガランタンのにしかわまきえです。

ここ数日天候が不安定でしたが、晴れ間が見えると安心しますね。
どうぞ体温調節をして、お身体大切にしてお過ごしください。

ご参加、お待ちしております^^

※6月2日、小諸まちなかマルシェ13時~「ヨガ×音楽×布ワーク」に出ます。
新しい形の気づきのワークが出来ればと思っています。
よかったら、お誘いあわせのうえ、覗いてみてください。
 

【90分クリパルヨガクラス】
初心者から経験者の方まで、「気づきのヨガ」クリパルヨガを体験できるクラスです。運動量は中程度。20代~70代の方まで幅広く参加されています。

<今後の日程>
時間:10時~11時半(90分)
5月20日(日)受付中
5月23日(水)受付中
5月30日(水)受付中
6月3日(日) 受付中
6月17日(日) 受付中


時間:13時~14時半(90分)
5月29日(火)受付中

場所:Yoga Lantern (御代田町塩野375-387)
参加費:1500円


★OPEN日(リクエストを募ってあと開催します。お一人でもOK。日程をみて集まってくる方々と一緒のクラスになります、よかったら下記よりリクエストを!)
5月15日(火)午後
6月はこちらからどうぞ!


【子連れでプチヨガ】
お子さん連れで参加できるのんびりしたクラスです。おもちゃが散乱した状況で!ヨガをして、子育ての悩みもシェアしていきます。お気軽にどうぞ
時間:10時半~11時半(60分)
参加費:500円
場所:Yoga Lantern (御代田町塩野375-387)
<今後の日程>
5月11日(金)あと2名
5月22日(火)受付中
5月31日(木)受付中



【第2回クリパルヨガ独自のメソッド・プレスポイント講座】

第2回目を開催予定です。前回、初心者の方も楽しんでらっしゃいました。
どうぞどなたも、カラダの感覚を楽しんでいってくださいね。

詳細はこちらから


日時:2018年6月19日(火)10時~12時

場所:Yoga Lantern
参加費:2000円(回数券を持っている方は回数券1回+500円)
定員:8名




※OPENの日
90分、60分、子連れクラスのいづれかをリクエスト ください
時間は、10時~14時半までの間で選べます。



****************
ご予約:090-1252‐7700
nishikaru.yoga@gmail.com 西川まで
****************



★回数券の扱いについて
・7回券 有効期間1年
・価格:10000円(1500円×7回=10500円なので、500円OFF)
・60分クラスには使えません
★60分クラスについて
ご要望があれば大人のみ60分クラスを開催することにしました。OPENと書いてある日からリクエストください。
大人60分 参加費は1000円です※6月から料金改定し1500円となります。
月間スケジュールはこちら


【小諸総合体育館クラス「健康の源ヨガ」】
※7月から「気づきのヨガ」としてリニューアルします。
自分の心や身体と向き合いたいと思ってる、すべての方に向けたクラスです。
ヨガ経験や柔軟性、年齢などは一切といませんので、よかったら気楽にいらしてくださいね。
※耳の聞こえない方は、安全のため個人レッスンをおすすめします。

日程/テーマ

5月14日/ 呼吸に瞑想する
5月28日/ 想いに瞑想する~メッタ瞑想
6月11日/ つばさ(肩甲骨)を動かす
6月25日/ 骨盤のゆがみを調整する

時間:10:30~11:30
参加費:800円(ヨガマット代:100円・要予約)
ご予約:小諸市体育館(0267-23-3800)


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相棒を見送る ~猫と、呼吸のはなし

2018.05.07 14:41|ヨガと身体と生活の考察

猫と、呼吸のはなしです。


*****************

5月1日に、15年間連れ添った相棒を見送った。

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名前は、ぼろ君。
なんでそんなひどい名前なんだってよく言われたけど、
赤ちゃん猫だった時に、まるでぼろ毛布みたいで、
愛着を感じてつけた名前。

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完全に、一目惚れだった。
友人から写真が送られてきて、会いに行ったらもう悩殺パンチ。
2003年、下北沢の小さいアパートで、二人暮らしが始まった。

20代の頃は、ものすごーく大変だった。
いろんなことがあった。
思いがけずトラブルに巻き込まれて、呼吸困難になったりして。
その時代を、一緒にいてくれた唯一の友。


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1年間、実家で寝込んでいて、やっとの思いで探した近所のアパート。
ライターとして自立していくための机と、ぼろ。

実家には自分がいたい場所はなく、マイホームが必要だった。
自分で選ぶ、自分の人生。

新しい一歩を踏み出すとき、勇気が必要な時、
ぼろがいつもそばにいてくれた。
相棒だった。

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2008年、結婚。
2010年、長男誕生。

子どもが生まれてからのことを考えると、胸が痛い。
子どもが生まれてから、ぼろはかつてのような悪戯な表情を見せなくなったと感じている。
子どもの世話に追われて、
かまってやれなかった。

猫は喋らない。にゃーにゃー鳴いて、はいはいとごはんはあげたけど
本当に欲しいものは何だったのか。
ずっとずっと、罪の意識があった。
わたしは伴侶を得て、子どもを望んだけど、それはぼろが望んだことではなかったのだろうと。
猫はたいてい、子どもが嫌いだ。


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今年になって腎不全と宣告されてからも、しばらくは
せっせと通院して言われたようにケアするだけで、
病状を憂えて泣いたりしなかった。

泣く資格がないと思っていたからだ。

3月になって、ぼろの容体が悪くなった。点滴生活がはじまる。

三浦まきこさんの瞑想クラスを受けたとき、初めて自分の気持ちに触れた。
メッタ瞑想。慈悲の瞑想。

「私が健康で幸せでありますように」

沁みわたるように言葉が自分を包み込んでいったあとで、

「つぎに、愛する人、身近な人の、健康と幸せを祈っていきます」

相棒の姿が真っ先に思い浮かんだ。

ぼろの健康を、もはや祈る資格などないと思って、蓋をしていた心が一気に開いてしまった。
どうせ自分は、病気の治療費もかかるしぼろは死ねばいいとでも
思っているのだろう、と自分を責めていたことに気づいた。

健康でいてほしい。元気になってほしい。

そんな当たり前で、シンプルな気持ちすら
感じる許可を自分に出せなかったことに気づいた。
涙が止まらなかった。

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少しずつ弱っていく相棒を横目に見ながら、生活は続いた。
子どもの世話をし、仕事をし、
食事もして、夜は寝る。

たくさん食べてくれた!!喜んだのもつかの間、大量に吐く。下痢をする。
病院に連れていく。
新しい薬をもらう。点滴を家でする。
疲れて、病院の椅子で熟睡してしまったこともある。

朝起きると、部屋が寒くないかとドキドキする。
室温が22度より下がらないように
この冬中、夫が毎晩、寝る前に灯油を満タンにしてくれた。

部屋を点検して、吐いてないかをチェックして。
お湯を飲むのが好きだったから、毎朝すぐにお湯を沸かして
適温にしてあげるのが日課だった。


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ぼろが教えてくれたことがある。

段ボールの家にこもっているぼろに手を差し伸べながら、
「大丈夫?」と話しかけているときに、
またしても激しい兄妹喧嘩が勃発。
ああ、またか。
お兄ちゃんが〇×って言った~とか、なんとか。
私がマックスに苛立って、
「あんたたち、うるさいんだよ!ぼろが弱っているときに…!!!」
と言った瞬間…

ぼろが、私の手を噛んだのだ。

ハッと気づいた。
自分の心の苛立ちが、猫に伝わった。
人間にしてみれば、猫の為を想って子どもをとっちめてやったというところだが、
動物にしてみれば、それは理由はなんであれ、単なる負の波動。

「調和」
ということの本当の意味を知っているのは、人間ではなく、
猫の方だ。

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************


4月の最後の日の夜、1時ごろ
夫が枕元に来て、「ぼろの様子がおかしい、あなたは今日は一緒に寝た方がいい」
とおこしてくれた。

これまでもずっとぼろと一緒に寝たいと主張したが、
娘の夜泣きがあり、しぶしぶ2階で休んでいた。

テーブルの下で横たわっているぼろは、明らかに前日と違っていた。
気道を確保するように、あらぬ方向に首を曲げ、
呼吸は浅く、目は見開かれたまま動かない。

最後の夜だ。
手をお腹にあてると、温かく、呼吸を感じる。
生きている。
生きている。
最後の瞬間まで、生きている。

翌日はヨガのクラスがあったけど、
絶対に休むということを選ばないと思った。
なぜなら、明日は、



妊婦さんが来てくれる。


これから生まれる、命。

いつものように、暮らすのだ、
最後の瞬間まで、ふつうに生きるのだ。

前日までフラフラしながらも自分でトイレに行き、用を足し、水を飲んだぼろと同じように。

立派だった。
何も言わずに、クラスの最中に旅立った。
待っててね、とも言えなかった。
ぼろの好きなタイミングで、逝っていい。
ずっと迷惑かけたから。


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火葬の当日、ぼろの抜け殻が横たわる段ボール棺の前で、瞑想した。

呼吸に瞑想する。



人間て、本当にくだらない。
こんな時ですら、集中しきれないんだ。
ふと気づくと、仕事のことを考えていて(自分の雑念はほぼ100%仕事のこと、よほどだな)
またか、と気づいて呼吸に戻る。
ぼろを火葬するまでの数時間ですら、
雑念で埋め尽くされている自分のあたま。
ガッカリしながら、何度でも呼吸に戻る。

何度目かに呼吸に戻ったとき…
さっき、感じていた、呼吸を覚えていたことに気づく。

その瞬間、
ぼろの鼻筋をなでた時の確かな感覚を思い出した。

ああ、そうか。

いつもいつも、時間に追われ、子どもの世話に追われ、
かまってやれなかったと後悔し続けていたけれど…
確かに、ぼろと深く、その瞬間にいたこともあったんだな。

私の指のはらが、ぼろの鼻筋をすっとなでたときに、
私はそこにいたんだな。

ダメだダメだと思っていたけど、
呼吸と共に生きたこともあった。
ぼろと一緒に生きた瞬間だって、あったんだ。



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相棒を見送ったあとも、生活はつづく。

夏のようなゴールデンウィークの公園。

ベンチに座り、太陽の光を思いっきり浴びると、そこにぼろがいるような気がした。
降り注いでいるような気がした。

歩き出す。
緑の芝の上を、すっとツバメが現れて低空飛行していく。
あ、ぼろ。

風が吹く。あ、ぼろ。

あっちにも、こっちにも、ぼろ。

なんだこれ、
完全に秋川雅史さんだ(笑)。なつかしい。


ぼろは今、わたしの呼吸の中にいる。
千の風のなかにいるかは知らないけれど、
わたしが一呼吸、その呼吸に意識が戻ったときに
ぼろがそこにいることに気づく。

相棒のおかげで、私の呼吸はホームになった。
それは雑念から無理に戻ってこなければならない単なる対象ではなく、
私を迎えいれてくれる、温かい何かに変わったのだ。

ただいま。
温かい気持ちで、呼吸にかえっていく。

ありがとう、ぼろ。
ずっと一緒だよ。

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*****************


読んでくださって、ありがとうございました。こころから。
2018年5月 
雨の日に 
にしかわまきえ