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makie.nishikawa

Author:makie.nishikawa
2014年 BlissBaby マタニティ・産後ヨガ教師資格取得(24 時間)
2017年米国クリパルセンター公認ヨガ教師資格取得(200時間)
山の上のヨガルーム、Yoga Lantern(長野県御代田町)主宰。
2児の母。

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わたしたちのなかで、おこっていること

こんにちは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。


最近、わたしはコロナ後の迷いや戸惑いがふっきれて、
やたらかっ飛ばしております。
また忙しくなってきてしまった。


今日はむすめの運動会が雨で延期になったので、
明日の運動会(←PTA役員もやっている)
もこの勢いで晴れ間を呼ぶぞ~!


…と、いつになく高めのテンション。




さて、最近わたしは「子どもとヨガしたいアピール」をしているせいか、
いろんなところで子ども関係のお誘いがあって
とても嬉しく思います。


先日は、ヨガの仕事とは関係なく 
ちょっと「森のようちえん」を見学させていただきました。


園長先生の話はとても心に響きました。

その子の中の可能性を引き出すために、
手を出さず、見守ること。
その子自身が自ら気づくことが、一番力になるのだから。




エンパワメント。
共鳴するものは、なんでも同じなのだな。
ヨガでも、教育でも、人間でも。


そんなことを思いながら、森のようちえんの活動風景を見ていると
自分のなかでも何やらうごめくものを感じました。


木々の存在感や、土の匂い、雨の湿り気やその重み。


まるで一人の子どものまわりに、たくさんのスタッフがついているような
不思議な感覚におそわれました。

この子をわたしが見ていなくても、大丈夫。
土さん、あなたにお任せします。

そんな気持ちにさせてくれるような。


素晴らしい



と思います。

しかし、こういうのって、ちょっとスピ系な発言でしょうか(笑)



わたしは以前からヨガをしているくせにスピが苦手ですということを公言していて
超感じにくい人なのだということを
ご理解いただいたうえでちょっと見えない世界について
語ってみようかと思います。



大人のヨガに来てくださる方のなかには、
子どものころに、他人が見えないようなものが見えて
その感覚を否定されたことで
傷を負っているひとも結構います。


「色が見える」とか。
オーラっていうんでしょうか。わたしは見えたためしがありませんけど
見えるっていうんだから、
それはその方の主観として尊重すべきだと思います。

同時に、見えないわたしのことも、尊重してほしいです。


実は、保育士試験勉強の際にも出てきたのですが
子どもには

「共感覚」


といって、ひとつの感覚器をつかうことで(たとえば聴覚)
別の感覚器(たとえば視覚)も同時に働くことがあるそうです。

物語を聞いたり、音を聞いたりすることで
同時に色が浮かんでくるということは
別にスピ系の話でもなんでもなく、実際にあることなんだそうです。

友達の子も、小さいときは
人間を指さして「あの黄色の人!」とか人を色で呼ぶことがあった
とお母さんに聞きました。


めっちゃ素敵ではないですか


絶対音感が褒められるのに、
頭のなかの色彩感覚がすぐれていることは
市民権を得られないのは残念ですね。


わたしは、この世のひとりひとりの、その人の生でピュアな感覚を
聞くのが大好きです。
たとえそれが、どんなにぶっとんだものであったとしても。



**********



さて、このことを書いておかねばと思います。

去る9月22日、長野市役所で行われた
子ども子育てフェスティバルに
「長野子どもたちへヨガを伝える会」の一員として参加してきました。


119923343_643230696333717_7379930365697798689_n.jpg

長野のヨガエド修了生の皆さんと。
有佐先生、素敵なティーチングを披露し、愛あるサポートをくださった皆さん
本当にありがとうございました!


修正2

修正1

修正3


こうやって、写真を撮って、外側から見てみると
ヨガというのは単なるストレッチなんですけど、
その人ひとりひとりのなかで起こっていることは、本当にはかりしれません。


とりわけ、子どもたちの内面で起こっていること。


それを目の当たりにすると
大人のこちらが感動して、身震いしてしまいます。


子どもたちの内面で起こっていることに、
どれだけ大人が自分自身の感性を磨いて、気づいていけるか。
これはキッズヨガでも保育でも
大きなカギなのではないかと思います。



わたしたちのなかで、おこっていること



それを、尊重していい。
そんな空気が世の中に広がるように今日もblogを書きました。

読んでくださってありがとうございました^^



****************
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タグ:キッズヨガ 小学生 マインドフルネス クリパルヨガ

「ありのまま」が訪れるとき~三浦敏郎先生のクラスを受けて

2020.09.19 18:43|ヨガと身体と生活の考察
こんばんは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。

よく考えたらいつも夜にアップするのに「こんにちは」と書いてました。


今日は9月19日です。
ほとんどの人にとっては他愛ないある土曜日の1日だったとは思いますが
(運動会だった人も多かったようです)
私にとってはひとつの節目。


今日で、16年間続いたという東京のクリパルヨガスタジオが
一旦閉鎖になります。

**************


午前中に、師匠・三浦敏郎先生の最後のスタジオクラスを
オンラインで参加しました。


終わってから涙が止まらないわたしに、
娘がひっきりなしにインタビュー。


悲しいことがあったのか、
先生から嫌なことを言われたのか(←(笑)
悲しくないなら
どうして泣いているのか。



「お母さんは、ユミちゃんみたいにいっぱい、泣けない。
泣けないのは、苦しい。
泣けるって、いいね。
本当の自分になれるって、いいよね」




と答えました。







久しぶりに、、、
久しぶりに

「触れた」という感覚、でした、自分に。




筆舌に尽くしがたいとは、このことかもしれませんが、敢えて書くのならば。



クリパルヨガの学びにおいて、何度も何度も何度も何度も何度も
言われてきたことを
師匠は、もう最後にゴリ押しだよとでも言わんとばかりに
張りのある声で、伝えてくれました。



ポーズのエッジで保つということは、がむしゃらになって頑張って、
もう先がないのに必死になって「もがく」ということではない。
私たちは、限界を超えてもっと、もっととがんばることを
無意識にすり込まれてきた。


エッジは、そこではなく、一呼吸するたびに、また可能性が広がっていくところ。
変化を目撃できるところ。
エッジは、苦しい。大変だ。
でも、
可能性があるからこそ、そこにいる。





もうこの話だけでわたしにとっては、参加する意味は十分だったのだけど
そのあと、このたった60分のクラスで、
200時間のトレーニングの時なみに
自分の奥底に降りていくのを感じました。




***********


先日、生徒さんに「ありのまま」の自分、ということに関して
質問を受け、わたしなりに返答しました。



「ありのまま」というのは、伝えるのが難しい。
理解するのも難しい。
「ワガママ」とは違う。「飾らない」とも同一ではない。

ただただ、わたしたちは、
自分の「ありのまま」を知らないのではないか。


だからこそ、ヨガで自己探求する。
それを抜きにして、社会との折り合いはつけられない。




***********



すべてのポーズが終わったとき、師匠に問いかけられました。
「受け取ったものは何か」



そのとき、わたしの中には、何も言葉がありませんでした。


体験が終わったあと、


大きな球体状のものが、いれかわりたちかわり、
自分の瞼の裏側に、訪れては消えていく。
その現象をただ目撃している自分がいるだけで、

何かを受けとったとか、
そんなこととは、無縁のなかに自分がいるような気がしました。


それでも、
そこには罪悪感はなかった。
 (私にとって意味も効果も成果もないのに、罪悪感がないというのは
本当に珍しいことで)
その不思議さの中に漂っていると


突然、



「ありのまま」



という言葉が訪れ、その瞬間、涙がこぼれました。


呼吸をするたびに、自分の力みを感じた60分間でした。
奥の、奥の方にある、
どうしても外れない、自分へのジャッジメント。
急き立てるような、責め立てるような。
無意識の彼方にあるもの。
それを一呼吸ずつ、意識でほどいていきました。



言葉で思考してしまう人間という動物の、そして
言葉ですべてをコントロールしようともがいてしまうわたしの、
奥の奥にあるもの。


そこには、言葉がなかった。
でも、価値があった。
価値という言葉すらもない場所にある、自分の存在の根源に関わる何か。
ここで価値があると書けば、
はかなく消えていくような、サットヴァな何か。



ありのままのわたし。




こんな体験に連れて行ってくれる場所は、もうきっと他にはないんだろう。



これからも、何度も罠にはまり、
つまづきながら、進むんだろう。
気づいた途端、
明日にもまた、路頭に迷うのだろう。


でもそれでも、わたしは、また自分の「ありのまま」に触れたい。


どんなに年をとっても、誰にも理解されなくても、
その希求を捨てないで、忘れないでいたい。


親よりも、学校よりも、何よりも、わたしを育ててくれた人。
心から感謝しています。


*************


クリパル・ジャパンは、10月からオンラインクラスを充実させていくようです。
私もマンスリーチケットを買いました。
簡単に参加できます。
一度きりの人生、皆さんもぜひ、自分に触れる体験を。
そしたらきっと、世界が変わり始める気がします。


10月スタート クリパルの新しいオンラインヨガクラス




読んでくださって、ありがとうございました!




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蝶々を、観る。

2020.09.13 17:02|ヨガと身体と生活の考察
こんにちは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。

今日はちょっとのんびりした話を。。。
と、いつも思うんですけど
大抵はいつの間にやら、ガッツリ深い話になってしまいます。


性分ですね^^;


でもよかった、そんな私を受け止めてくれるクリパルヨガに出会えて
クリパルヨガや、その仲間や、
このブログ、単に私という人間に
共感してくれる人に出会えて。


何度も書いてるかもしれませんが、


幼少の頃、わたしは
そういう哲学的+感覚的な深い話を好む傾向があって、
しかし
まわりの大人には、(もちろん子どもにも)
なかなかそういう話が合う人がいなくて
けっこう孤独でした。


そんなわけで、どこかに、こういう変わった子どもがいるはずだ!!!
と思って、保育所で働いてみたり
キッズヨガやりたいなんていって
右往左往してみたりしております。


そしたら、
驚くべきことに、



2歳児なんて、みんな、話が合う(笑)

学校行ってない子、
行きたくない子と、やたら話が合う。





なんでしょうね~

世の中を動かしている人たち以外は、みんな哲学的+感覚的ってこと?



子どもは、本当に思慮深いです。
あ、蝶々だね
と言うと、まず、止まって、蝶々そのものを観る。

蝶々とひとつになる。


わたしはその「それ」の名を呼び、
それがそういう名前なのだと暗に示唆しながらも、


彼らがその、「間」で感じている
言語になる以前の、
命のふるえ、いきづかいを知覚し、
認知し、それによってもたらされる驚きや快楽や恐れ
をいっしょに共有します。


大人は、「蝶々だね」
と言うと、
その「間」を味わうことなく、
ああ、モンシロチョウだね、最近よくいるね、キャベツ畑があるのかな
という情報に移行してしまう。
でもそれくらいならまだいいけど、
往々にして、蝶々の存在を、スルーしてしまう。



自分もこうして社会に出て、適応を繰り返すうちに
ひとつひとつ、大切なことを
スルーするようになりました。



わたしは今でも、憧れているのだと思います。
哲学的で、思慮深いひとに。


読んでくださって、ありがとうございました^^
土曜日にblogを書かなくてごめんなさい。
また、来週はきっと土曜日に。


****************
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土曜日は昨日でした

2020.09.13 12:18|お知らせ
今日のクラスを終えて、清々しい気持ちでいたら
はっ

そうだ
土曜日は、、、昨日でした、、、


今日あとで書きます。
まずはすっぽかしたお詫びをここに。
探してくださった方がいたら、
申し訳ありません!

疎外感を感じるとき

2020.09.05 23:58|ヨガと身体と生活の考察
こんばんは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。

さて、今日は何を書こうかと
今まで書いてきたことはなんだったかな、、、
と、過去を遡って、タイトルを振り返ってみました。

すると、、、、


親しみのもてないタイトルばかり。


その時はこれでベストだと
思ったのだろうけど、なんてセンスレス。


自分を、けなす。



それに、最近のわたしは、どうだ。

花粉症がひどいから
屋外でもマスクをつけていて、
暑い苦しいとイライラしてばかり。

酸素供給量が少なくて、いろんなことを忘れやすいし、
話も支離滅裂
気が付くとスマホでストレス解消。

すべてのものの扱いが雑。
お皿の置き方、
お茶の淹れ方、
人への気配り、
一瞬への意識の向け方が、雑。


こんなわたしになりたい訳じゃなかった、


わたしを責める。



ここのところ、そんなことを繰り返してきたような気がします。


そして、誰と会っても、心通わせることが
出来ないような疎外感を感じていました。

誰かに仲間外れにされたとかそういうわけじゃないんだけど
自分という存在が
世界からくりぬかれて
ひとりぼっちであるような。

小さい頃には、おなじみだった感覚だけど
なんだか久しぶりに味わってるなという感じです。


そんなとき、本日、
こんな本が届きました。

Yoga Nidra



iRest Yoga Nidra

これはAmazonでぽちった本ではなく、
出版のためのクラウドファンディングに参加して
やっと手元に届いた本でした。

見た途端、そのたたずまいに
射貫かれてしまいました。

丁寧につくられたもの独特の
緊張感をまとっていて、
自然と、ページをめくるその指先に
意識が宿るのを感じました。


まだ全部読んでいないので、背表紙のことばだけ。


In the end, we realize how simple life is when we accept this moment
just as it is without pretending to be other than who we are.
-- Richard Miller, Ph.D



ふう、、、

自分が感じていた疎外感は、
どこかに所属できないとか
友達と通じ合えないとか、そんな
具体的な状況が招いたものではなく、


そのままの自分と世界を受容できない、
私から受ける疎外感



だったのだなと思いました。


*************


ヨガランタンのホームページにこんな言葉を
添えています。


なりたい自分は、すでにあなたのなかに。



誰から借りたわけでもなく、
自分の内から湧いてきた言葉だけれども、
未だにそれはつまり
どういうことなのだろうかと
よく考えます。


一瞬だけ、訪れては、また去っていく真実。


真実は単純なのに、
生きる道中は、罠ばかり。


「成長とは、大きく、高く、美しく、外へ外へと伸びていく力である」

そんな思い込みが覆され

「成長とは、深く、微細に、内へ内へと戻って行く力である」


に軍配が上がる瞬間があります。
それが真実なのだ、という感触も。



雑な自分を、ただそのまま、迎えいれる練習をしよう
と思います。丁寧に。




まったく万人受けしないblogを
今日も読んでくださってありがとうございました^^
感謝です。


****************
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