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makie.nishikawa

Author:makie.nishikawa
2014年 BlissBaby マタニティ・産後ヨガ教師資格取得(24 時間)
2017年米国クリパルセンター公認ヨガ教師資格取得(200時間)
山の上のヨガルーム、Yoga Lantern(長野県御代田町)主宰。
2児の母。

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相棒を見送る ~猫と、呼吸のはなし

2018.05.07 14:41|ヨガと身体と生活の考察

猫と、呼吸のはなしです。


*****************

5月1日に、15年間連れ添った相棒を見送った。

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名前は、ぼろ君。
なんでそんなひどい名前なんだってよく言われたけど、
赤ちゃん猫だった時に、まるでぼろ毛布みたいで、
愛着を感じてつけた名前。

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完全に、一目惚れだった。
友人から写真が送られてきて、会いに行ったらもう悩殺パンチ。
2003年、下北沢の小さいアパートで、二人暮らしが始まった。

20代の頃は、ものすごーく大変だった。
いろんなことがあった。
思いがけずトラブルに巻き込まれて、呼吸困難になったりして。
その時代を、一緒にいてくれた唯一の友。


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1年間、実家で寝込んでいて、やっとの思いで探した近所のアパート。
ライターとして自立していくための机と、ぼろ。

実家には自分がいたい場所はなく、マイホームが必要だった。
自分で選ぶ、自分の人生。

新しい一歩を踏み出すとき、勇気が必要な時、
ぼろがいつもそばにいてくれた。
相棒だった。

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2008年、結婚。
2010年、長男誕生。

子どもが生まれてからのことを考えると、胸が痛い。
子どもが生まれてから、ぼろはかつてのような悪戯な表情を見せなくなったと感じている。
子どもの世話に追われて、
かまってやれなかった。

猫は喋らない。にゃーにゃー鳴いて、はいはいとごはんはあげたけど
本当に欲しいものは何だったのか。
ずっとずっと、罪の意識があった。
わたしは伴侶を得て、子どもを望んだけど、それはぼろが望んだことではなかったのだろうと。
猫はたいてい、子どもが嫌いだ。


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今年になって腎不全と宣告されてからも、しばらくは
せっせと通院して言われたようにケアするだけで、
病状を憂えて泣いたりしなかった。

泣く資格がないと思っていたからだ。

3月になって、ぼろの容体が悪くなった。点滴生活がはじまる。

三浦まきこさんの瞑想クラスを受けたとき、初めて自分の気持ちに触れた。
メッタ瞑想。慈悲の瞑想。

「私が健康で幸せでありますように」

沁みわたるように言葉が自分を包み込んでいったあとで、

「つぎに、愛する人、身近な人の、健康と幸せを祈っていきます」

相棒の姿が真っ先に思い浮かんだ。

ぼろの健康を、もはや祈る資格などないと思って、蓋をしていた心が一気に開いてしまった。
どうせ自分は、病気の治療費もかかるしぼろは死ねばいいとでも
思っているのだろう、と自分を責めていたことに気づいた。

健康でいてほしい。元気になってほしい。

そんな当たり前で、シンプルな気持ちすら
感じる許可を自分に出せなかったことに気づいた。
涙が止まらなかった。

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少しずつ弱っていく相棒を横目に見ながら、生活は続いた。
子どもの世話をし、仕事をし、
食事もして、夜は寝る。

たくさん食べてくれた!!喜んだのもつかの間、大量に吐く。下痢をする。
病院に連れていく。
新しい薬をもらう。点滴を家でする。
疲れて、病院の椅子で熟睡してしまったこともある。

朝起きると、部屋が寒くないかとドキドキする。
室温が22度より下がらないように
この冬中、夫が毎晩、寝る前に灯油を満タンにしてくれた。

部屋を点検して、吐いてないかをチェックして。
お湯を飲むのが好きだったから、毎朝すぐにお湯を沸かして
適温にしてあげるのが日課だった。


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ぼろが教えてくれたことがある。

段ボールの家にこもっているぼろに手を差し伸べながら、
「大丈夫?」と話しかけているときに、
またしても激しい兄妹喧嘩が勃発。
ああ、またか。
お兄ちゃんが〇×って言った~とか、なんとか。
私がマックスに苛立って、
「あんたたち、うるさいんだよ!ぼろが弱っているときに…!!!」
と言った瞬間…

ぼろが、私の手を噛んだのだ。

ハッと気づいた。
自分の心の苛立ちが、猫に伝わった。
人間にしてみれば、猫の為を想って子どもをとっちめてやったというところだが、
動物にしてみれば、それは理由はなんであれ、単なる負の波動。

「調和」
ということの本当の意味を知っているのは、人間ではなく、
猫の方だ。

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************


4月の最後の日の夜、1時ごろ
夫が枕元に来て、「ぼろの様子がおかしい、あなたは今日は一緒に寝た方がいい」
とおこしてくれた。

これまでもずっとぼろと一緒に寝たいと主張したが、
娘の夜泣きがあり、しぶしぶ2階で休んでいた。

テーブルの下で横たわっているぼろは、明らかに前日と違っていた。
気道を確保するように、あらぬ方向に首を曲げ、
呼吸は浅く、目は見開かれたまま動かない。

最後の夜だ。
手をお腹にあてると、温かく、呼吸を感じる。
生きている。
生きている。
最後の瞬間まで、生きている。

翌日はヨガのクラスがあったけど、
絶対に休むということを選ばないと思った。
なぜなら、明日は、



妊婦さんが来てくれる。


これから生まれる、命。

いつものように、暮らすのだ、
最後の瞬間まで、ふつうに生きるのだ。

前日までフラフラしながらも自分でトイレに行き、用を足し、水を飲んだぼろと同じように。

立派だった。
何も言わずに、クラスの最中に旅立った。
待っててね、とも言えなかった。
ぼろの好きなタイミングで、逝っていい。
ずっと迷惑かけたから。


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火葬の当日、ぼろの抜け殻が横たわる段ボール棺の前で、瞑想した。

呼吸に瞑想する。



人間て、本当にくだらない。
こんな時ですら、集中しきれないんだ。
ふと気づくと、仕事のことを考えていて(自分の雑念はほぼ100%仕事のこと、よほどだな)
またか、と気づいて呼吸に戻る。
ぼろを火葬するまでの数時間ですら、
雑念で埋め尽くされている自分のあたま。
ガッカリしながら、何度でも呼吸に戻る。

何度目かに呼吸に戻ったとき…
さっき、感じていた、呼吸を覚えていたことに気づく。

その瞬間、
ぼろの鼻筋をなでた時の確かな感覚を思い出した。

ああ、そうか。

いつもいつも、時間に追われ、子どもの世話に追われ、
かまってやれなかったと後悔し続けていたけれど…
確かに、ぼろと深く、その瞬間にいたこともあったんだな。

私の指のはらが、ぼろの鼻筋をすっとなでたときに、
私はそこにいたんだな。

ダメだダメだと思っていたけど、
呼吸と共に生きたこともあった。
ぼろと一緒に生きた瞬間だって、あったんだ。



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相棒を見送ったあとも、生活はつづく。

夏のようなゴールデンウィークの公園。

ベンチに座り、太陽の光を思いっきり浴びると、そこにぼろがいるような気がした。
降り注いでいるような気がした。

歩き出す。
緑の芝の上を、すっとツバメが現れて低空飛行していく。
あ、ぼろ。

風が吹く。あ、ぼろ。

あっちにも、こっちにも、ぼろ。

なんだこれ、
完全に秋川雅史さんだ(笑)。なつかしい。


ぼろは今、わたしの呼吸の中にいる。
千の風のなかにいるかは知らないけれど、
わたしが一呼吸、その呼吸に意識が戻ったときに
ぼろがそこにいることに気づく。

相棒のおかげで、私の呼吸はホームになった。
それは雑念から無理に戻ってこなければならない単なる対象ではなく、
私を迎えいれてくれる、温かい何かに変わったのだ。

ただいま。
温かい気持ちで、呼吸にかえっていく。

ありがとう、ぼろ。
ずっと一緒だよ。

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*****************


読んでくださって、ありがとうございました。こころから。
2018年5月 
雨の日に 
にしかわまきえ

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