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makie.nishikawa

Author:makie.nishikawa
2014年 BlissBaby マタニティ・産後ヨガ教師資格取得(24 時間)
2017年米国クリパルセンター公認ヨガ教師資格取得(200時間)
山の上のヨガルーム、Yoga Lantern(長野県御代田町)主宰。
2児の母。

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私のなかの「鋭さ」について

こんにちは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。

いかがお過ごしでしょうか。
暑いですね。
しかし夜のなると、私が住むエリアは22℃でございます。
都市エリアの皆様、おつかれさまです。


さて、先週もオンライン講座、その前もオンライン講座、その前も。
という感じで、
最近オンライン三昧で、学び多き時間を過ごしています。

今日はその中から、
アーユルヴェーダの講座から受けたインスピレーション
によって、話を進行したいと思います。


先日受けた、クリパル・ジャパンの三浦まきこさんによる
「アーユルヴェーダ基礎講座」(リンクは9月開催予定、皆様もぜひ!)、
から続けて、

「夏を健やかに過ごすクリパル・アーユルヴェティック・ヨガ」
を受講しました。


これは1時間クラスが3週連続、とのことでとても受けやすく
前回の基礎講座から間もなくで
体験を深めやすく、とてもよかったです。






アーユルヴェーダの考え方では、
夏というのは「ピッタ」の季節。




ピッタは、どんな性質があるかというと、


湿り気(油のような)
鋭さ

軽さ
拡がる
匂いのある



という、火や水の要素に由来する
質(グナ)があるのだそうです。


そのなかで、とても気になる質がありました。


「鋭さ」(ティクシュナ)



火や水、と聞いて、
湿り気や、燃え広がる感じ、
熱さまでは想像できましたが、

「鋭さ」というのはノーマーク。

しかし、
これは自分にとって大きなキーワードだったように思います。



まきこさんは、「鋭さ」という質には
気をつけた方がいいと言っていました。


ピッタの質が強い人は、知性が強く、リーダーシップ
がとれるなど良い面もあるが
ガーっと一点集中して、物事の一面しか見えなくなって
広い視点がもてなくなると
批判的になったり、好き嫌いが激しくなったり、
クソマジメになりすぎる傾向がある。




あはは、わたしだ(笑)



と笑えることを、成長と呼びたい元クソマジメな私です。



好きな季節はなんですか?
と聞かれたら
わたしは「夏」と答えます。

実は信州の夏は苦手。
涼しすぎて汗が出せない。
千葉のうだるような暑さ、ダラダラ汗が止まらない感じ、
お風呂に浸かっているような
熱帯夜が大好きです。


話が少しずれましたが。




そう、鋭さの話。



子どもの頃、自分の「鋭さ」があまりにも生きる上で弊害でした。


私は、高校卒業まで
視力が2.0あったんです。


すっごく遠くまで輪郭がクリアに見えるんですよ。
すごいでしょう?
友達には「サンコン」て呼ばれてました
(世代は、大丈夫ですか)。


自分にとっては、遠くまでハッキリ見えることが、当たり前でした。
ハッキリ見えないという感じが
どういう感覚なのか、イマイチ理解できなかったんです。


同時に、ぼやっとした考えも苦手で
白か黒か、いつも求めていたように思います。
輪郭がクリアじゃないと納得できなかった。


いつも何か世間に、大人に、ごまかされている感じがして
イライラしてましたね。

いつも鋭いナイフみたいな気分で
人と関わりたくても
関わると傷つけそうで、怖かった覚えがあります。
ちょっと尾崎豊みたいな感じです(世代大丈夫ですか)。


小学校2年生くらいの頃、
自分の中のダークな部分を隠して生きているのが卑怯な気がして
何をしたかというと、とつぜん
授業中に「ハイ」と手を挙げて、それを白状しようとした
ことがありました。

まわりは、ぜんぜん理解できないし
ビックリです(笑)

自分の内に生じていること
と世界で起こっていることを
目の前に拡げて、つじつまを合わせ、
矛盾や曖昧な点がないようにしたかった、
その欲求のあらわれでしょうか。

今でもすごくよく覚えています。



そういう人間だったので、
その後、あらゆる洗礼を受けることになりました。
必要な経験とはいえ、
なんだか本当に生きるのが大変でしたね。


鋭さも、鈍さも、過剰にならなければ
それ自体が悪いというわけではないのですが、
コントロールするすべを知らなかったので
鋭いこと=悪いこと、みたいに思う傾向も強まってきたように思います。



*************


朝、ヨガをすると、
だらんとした身体や心がシャキッとするのが好きです。
感覚への集中力が高まってきて、
景色がクリアに見える。


大人になった今は、わりと普段ダラダラしていることがあるし
曖昧な感覚もまあいっか、と流すことが出来るようになりました。
私にとってはそれも成長なんですが、
でもやっぱり、ピッタを好む傾向は健在です。



クリパルヨガでは、わりと「感覚」というぼや~っと
したところに、言葉で切り込んでくるような
ところがあると感じています。


私はそれが好きです。
自分の生来の質を満たしてくれるように思います。

「なんとなく」
「ゆるく」
「ざっくり」

そういう質もたいへん重要だということは理解していて、
けっこう後天的に学んできたんですけど
やっぱり好きなのは、夏。シャープさ。



今回、まきこさんのアーユルヴェーディックヨガでも、
「ピッタ」が増えすぎないように
鋭さを抑え、熱が生まれすぎないよう抑え、
一点ではなく水平線を見渡すような、
ふっとユーモアで笑うような、
ピッタをケアするインストラクションが入るんですが
それですら、
やわらかいケーキを断面美しく鮮やかに
切るような言葉がけで、、、

とても知的で、クリアで、調和を感じました。


自分の鋭さを断罪するのではなく、
良きものへ昇華する道筋を示してもらったような気がしました。



*****************



朝、さいきん瞑想をするのですが、
子どもに、かーさんどんだけ瞑想してんのと言われるほど
ウッカリ長くやってしまいます。


呼吸に意識を向ける瞑想をしていると、
すごく安心します。

呼吸って、大抵は、曖昧な感覚ですね。
あるんだか、ないんだか。
確実にあるのに、なんだかハッキリ捉えられない。

とくに呼吸法とかしないで
自然呼吸をしていると、
まるで砂浜に寄せてはかえす波を見つめているかのように
くりかえしくりかえし、
とらえどころのない曖昧な感覚が
つぎつぎにやってきます。

その曖昧さのなかに、自分を浸していることは、
わたしの鋭さを癒してくれるように思います。

ときどき、その曖昧さすらも
「鋭く」見たい衝動にかられるのですが、それをしたところで
相手は、呼吸。
それは、やわらかいケーキの
断面が美しく出るように優しく切ることに似ていて、
誰も傷つけることがありません。


ゆみのてがみ2020


これは、娘がわたしにくれたお手紙。
がんばってるお母さんが好きで、
でもがんばらなくても大丈夫。




もうひとつありました、わたしの鋭さを癒してくれるもの。

子ども達。

もともとカチンコチンの人間だけど、
子どもがいてくれて、
クソマジメになりがちな瞬間に笑わせてくれて、
がんばりすぎて力が入っている時に、脱力させてくれて。
本当に助かってますね。

こうして、アーユルヴェーダを切り口に
自分のことを考えるのって、面白いですね^^
そのうち、アーユルヴェーダの他二つの質(ヴァータ、カパ)
についても、自分なりに語ってみたいと思います。




読んでくださって、ありがとうございました^^
穏やかなお盆休みをお迎えください。




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