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makie.nishikawa

Author:makie.nishikawa
2014年 BlissBaby マタニティ・産後ヨガ教師資格取得(24 時間)
2017年米国クリパルセンター公認ヨガ教師資格取得(200時間)
山の上のヨガルーム、Yoga Lantern(長野県御代田町)主宰。
2児の母。

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「アパリグラハ(不貪)」~ これでいいのだ!

2020.08.16 20:32|ヨガと身体と生活の考察
こんにちは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。


やっと信州にも夏がきました。暑いです。
でもうちは標高が高いので、ギラギラと太陽は照りつけるけど
すっと風が吹くと、とても涼しくて。
なんとも気持ちよく過ごしています。

暑い暑いと言えることが嬉しくて、
朝から汗だくで草刈りがんばっちゃいました。


さて世の中は、コロナコロナで軸がさだまらず
もはやコロナ情勢の全体像を追えていないわたしです。


ヨガ教室も、こっちで開催中止の連絡がきたり
(御代田町の「地域のゆとりヨガ教室」は8月中、また中止だそうです)
こっちもダメかと小諸から連絡がきたかと
思ったら、また開催すると連絡がきたり。


そんなことにも慣れっこになってしまいました。


テレビやネットなどで
情報を知ることは大切だけど、
あまりにもその情報自体がブレブレだと、振り回されてしまいます。
矛盾を感じたり
それでイライラしたり
不安にさいなまれてばかりいては、、、、


人生がもったいない!
人生を楽しまなくちゃ!




↑息子にいわれたことば(笑)



というわけで、
何が出来るわけじゃないんだけど、
しばし、目を閉じて内側に目をむけるとか、
少しだけ
近所の人と関わり合ったりとか、
家族や、大事な友達と、話したりとか。


そんな時間を大切にしています。


世界平和は実現できないんだけど、
「でも、それで十分、世界平和に貢献してるよ」
と自分に言ってあげる。


自分は世界を構成するパズルの、たった1ピースだから。
パーフェクトじゃなくていい。

これでいいのだ!






******



むかしはそんなふうに思えなかったなあ、と最近よく思い出しています。
高校生くらいのとき、
いろんなことにムカついていて
でも何もできない自分が不甲斐なくて不甲斐なくて
世界の貧困層のことを思って
なぜ自分はこんなにぬくぬくしてるのに
不満ばかりで満たされないのだと、
自分を責めて責めて、自分がそれで泣いていることすらも
腹立たしかったのを覚えてあります。


さいきん、過去発掘のブログばかりですみません!



わたしが、今のように「これでいいのだ」
と執着を手放していられるとき、


「アパリグラハ」(不貪、無執着)


という言葉がいつも浮かびます。


これは、ヨガ哲学「ヤーマ・二ヤーマ」のひとつです。


ヨガというのは、自己探求のお役立ちツールで、


身体を動かす「実践」だけじゃなくて
(=いわゆるヨガのイメージです)
何を目指してこの道を歩くのか、という道しるべとしての
「哲学」
ももれなくついてきます。


アパリグラハというのは、
「執着を手放す」、
とか、
「むさぼらない(不貪)」、
と日本語訳があてられます。

必要以上にものを求めすぎない、というような意味です。


たとえば、暑い日々がつづき
日差しをさえぎる帽子が欲しいというのは必要な欲求ですが
麦わら帽子も欲しいし、
水陸両用のキャップも欲しいし、紫外線を遮るつばひろのものと、、、
といくつ帽子があっても足りないならば
欲しがりすぎということになります。


これだけ見ると「欲を捨てろ」と
言われているようで、
解脱とか出家とか、宗教的なイメージも入り込みますが、


ヨガ哲学の素敵なところは、


他のヤーマ(禁戒)・二ヤーマ(勧戒)も
いっしょに成立させてね


と言っているところです。

ヤーマ:
非暴力(アヒンサ)
不盗(アステア)
真実(サティア)
不貪(アパリグラハ)
節制(ブラフマチャリア)

二ヤーマ:
清浄(サウチャ)
知足(サントーシャ)
苦行(タパス)
スヴァディヤーヤ(自己と経典の学習)
イシュバラ・プラニダーナ(神なるものへの献身)



とこれだけ見れば、何が何やらわからないけれど、
要は
これらのうち、一つだけで成立させようとすると
必ず矛盾やら極端思想やら出てくるから、
ぜんぶいっぺんに考えてね、と言っているのです。


たとえば

その帽子がたくさん欲しいという欲求が
自分にとっての真実(サティア)であるなら
アパリグラハに反するという一面で自責しなくてもいいし
帽子への飽くなき欲求が
(たとえば)帽子デザイナーへの自分の可能性を広げるなら
不盗(自分の可能性を奪わない)
を実現することにもなります。


そして、この「すべてのヤーマ・二ヤーマを同時に考える」
というのを、クリパルヨガの本では
「ヤーマ・二ヤーマの花輪を持ち上げる」
と表現しています。


花輪、です。


ひとつの花を持ち上げると、花輪のすべてが持ち上げることになるんだよ、と。


素敵じゃないですか~!



わたしはこの表現が大好きで、クラスでヤーマ・二ヤーマを
紹介するときも、
なるべく花輪の話をするようにしています。

 

そんなわけで、今日は これでいいのだ!

おしまいです。
また来週!
読んでくださって、ありがとうございました^^



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