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makie.nishikawa

Author:makie.nishikawa
2014年 BlissBaby マタニティ・産後ヨガ教師資格取得(24 時間)
2017年米国クリパルセンター公認ヨガ教師資格取得(200時間)
山の上のヨガルーム、Yoga Lantern(長野県御代田町)主宰。
2児の母。

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言葉にすることに嫌気がさしている

こんばんは。
ヨガランタンのにしかわまきえです。


さあ、御代田町(標高985m)いよいよ寒くなってきました。

オンラインで講座を受けたりすると如実にわかるのですが、


皆さん=半袖

わたし=長袖+パーカー+フリース+ストーブいれる



という現象がよく見られます。

この前の、塩野公民館でのクラスも寒かったでございますよ。
コロナで換気も必要だし。
というわけで、公民館の管理者の方に懇願して
明日の日曜クラスは、10月にしては異例の
暖房をお願いすることにしました。


わたし自身、たいへん低温に弱いでございます。
自分のホメオスタシスに自信がありません。
寒いと途端に、膀胱炎になったりして、、、

しかしここは信州、寒さに強い方もかなり多いです。
え!
寒いのはわたしだけ。。。?
とうっかりガマンしてしまうことも。

だから、他にも寒いですと言ってくれると
ほっとします。言ってくださいね。
どうぞよろしくお願いいたします。


************


さて、先日、生まれて初めて、小学校でのヨガ指導を経験してきました。
そこでの体験はここでは書けませんが、
おお、ここに来るために自分はこれまで色々研鑽を積んできたのではないか
と思うくらい、コミットしたいと感じました。
もちろん、反省点はてんこもり。
担任の先生と二人三脚でやらせてもらえる
有難さをひしひしと噛み締めました。



**********


わたしはいま、毎週月曜の夜に
「ライフトランスフォーメーション」
という連続講座を受けているのですが、
そのなかで


「自分の身体と魂が喜ぶことをする(半身浴、マッサージなど)」


というホームワークが出ました。
最近あまりに忙しく(自らやりたいことをやるを課している) 
綱渡りが続いているなかで、
なんだかこのホームワーク自体が
とても非現実的なものに思えてくる、、、
のをなんとか現実のものとして引き寄せて、
一日少しでもこなそう、と努力しています。


自分の魂が喜んでいるとき


皆さんは、どんなことが思いつきますか。



わたしが、そう言われて
ぱっと思いついたのが、

「保育所の子どもたちと遊んでいるとき」


でした。
前回のブログ「身体の芯の芯からほぐされるような感覚」
にも書きましたが、


あの1歳、2歳の、まだ言葉が操れないひとたちと
一緒にいるときの、自分の奥底の硬さがほぐされていく感覚というのは
一体なんだろうか。


と、最近よく考えています。


わたしは、普段はめちゃくちゃ頭が忙しいひとで、
時間管理も下手だったりするので、
タイムスケジュールが忙しければ頭も同時に忙しくなり
だからこそ
日々に瞑想が必要だったりします。


しかしながら、あの方々と一緒にいるときは、
瞑想なんかしなくても、
自然にマインドフルネスが出来ています。


いまこの瞬間に、キラキラと輝く
美しい瞳を、遠慮なく見つめて

言葉以前にそこにある何かを感じ取るために、

ただ、今ここにいる。

それが自然にできてしまう。



この癒しの感覚は、一体なんなんでしょうかね。


わたしの魂が、喜んでいる。


半身浴をしても、
オイルマッサージをしても
どうしても考え事から逃れられない私にとって
あの方々からもらえるギフトというのは
はかりしれないものがあります。



***************



そして同時に、なんか、もうわたし、言葉に疲れてるんだな。
と思い始めている。



え?
言葉で現実を切り取ることに、至上の悦びをおぼえていた
あのわたしが?


と、ほんとビックリです。


このブログもまあ長い言葉で、いつもダラダラ書きますね。
基本的に、大好きなんです。
言葉にするということが。
論理にするということが。
バラバラを言葉でまとめ上げるという作業が。


しかし、なんだかもう、最近、言葉にするということに心底嫌気がさしてきている。
これほんとう。


朝起きて、「あ、今日の意図を考えなくちゃ」(←ライフトランスフォーメーションの宿題)
と思ったとき、
すごい自分の奥の奥の芯の硬さが増すような感じを覚えます。


言葉にするのか。

嫌だな。



と思っている自分がいる。


どこかでそれを、純粋なものじゃないと感じている自分がいる。


それと、小さい子どもたちと触れ合っていることは
どこか関係があるのだろうか。



まだ言葉を獲得していない子どもたちは、
自分の意に添わない事が起こったとき、往々にして「手」が出ます。
言葉に出来ない分、ほかの表現方法をとることがあります。

でも言葉が出てくると、
噛みついたり、押したり、ひっかいたり
という行為が明らかに減る。


言葉にできるということは、
その人のなかで小さな統合が起こっているのではないでしょうか。
わたしはそれを社会的な存在である人間には
とても大切なことだと思っています。


けれど、今、その言葉に対して、
もう一度捉え直しの作業が必要になっている気がします。
それを、素直に、認めてみようと思います。
そこから何が始まるのか。


結局、統合したときには言葉が伴っているのかもしれないけれど
しばらくわたしはこの、
「言葉に嫌気がさしている」
に素直にいたいと思います。


それと、小学生とのヨガ体験についても、確実に繋がっていく予感もあります。


今日も読んでくださってありがとうございました!
どうぞ皆さんも温かくしてお過ごしくださいね。


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